REPORT

感情を読み取るAIエージェントやVR技術で
生きづらさを感じている人たちをアシスト

2026年5月29日

B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは、東京大学先端科学技術研究センター 助教 齊藤 寛人氏(▲写真1▲)と、東京大学先端科学技術研究センター 稲見・門内研究室 学生の禰寝 崇之氏(▲写真2▲)と有住 拓杜氏(▲写真3▲)の取り組みです。禰寝氏は2025年の『みんなの脳世界』で、話者の表情から感情を読み取ってそれに合わせて受け答えしてくれるミラーリングエージェントを紹介し、有住氏はVR技術を使って広場恐怖症を軽減する取り組みを紹介しました。禰寝氏と有住氏の研究活動について、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真4▲)がお聞きしました。

▲写真1 左上・東京大学先端科学技術研究センター 助教 齊藤 寛人氏▲
▲写真2 左下・東京大学先端科学技術研究センター 稲見・門内研究室 学生 禰寝 崇之氏▲
▲写真3 右下・東京大学先端科学技術研究センター 稲見・門内研究室 学生 有住 拓杜氏▲
▲写真4 右上・B Lab所長 石戸 奈々子▲

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顔の表情から感情を読み取り対話してくれる
ミラーリングエージェント

石戸:「本日は、東京大学先端科学技術研究センターの齊藤先生、禰寝さん、有住さんにお話を伺います。齊藤先生には毎年、『みんなの脳世界』に出展いただいていますが、禰寝さんと有住さんは2025年が初めてのご出展でしたね」。

禰寝氏:「はい。『ミラーリングエージェント』を出展しました。これは、ChatGPTのように対話できる、コミュニケーションが取れるエージェントシステムです。LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)が普及し、ChatGPTなど生成AIとコミュニケーションをしている人たちは増えています。生成AIとの対話では、こちらの考えを伝えたり、問いかけや指示をしたりといった情報のインプットに言語を使います。我々が作ったミラーリングエージェントは、こうした情報のインプットに言語だけではなく、話者の顔の表情から汲み取った感情の動きも利用します。つまり、エージェントが顔の情報と言語情報を合わせて感情を理解し、それに合わせて受け答えをしてくれるというエージェントシステムです。

単純に会話するだけではなく、自分の感情を入れられるところが、既存のエージェントシステムとは違う点です。自分の自己認識を促すという意味合いを込めてミラーリングエージェントと名づけました。例えば、自分が怒ったような表情で話しかけた場合、エージェントも怒ったように返してくれます。このようにエージェントが鏡のような存在となって、『自分は今、怒っているように見られているんだ』と自己認識する、そんな目的で使えないかと考えています。

エージェントシステムを使ったプロダクトは多種多様で、例えば、面接の練習にエージェントを使うシステムは、すでに研究が進んでいます。先行研究を調べてみると、話した内容に対して定型文を返すシステムが多いのが実情です。また、実際にはエージェントシステムを使った面接の練習をレコーディングして、後から『こういう対応をすればもっと良かった』などと振り返りに利用されることが多いようです。これに対し、ミラーリングエージェントは、文字通り鏡のような存在です。『自分は今、笑顔で話しているつもりだったが、怒っているように見られている』というように、エージェントを介して即時にフィードバックを得られます。今の自分をより正確に、リアルに認識できるのがメリットだと考えています。自分自身を鏡で見るよりも、エージェントの反応から『今の自分』を認識するほうが分かりやすく、新しい発見にも繋がるでしょう。このシステムを社会実装していきたいと考えています。

先ほど、面接の練習にエージェントシステムを使う例をお話ししましたが、我々の研究室では、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のムーンショット目標9の『多様なこころを脳と身体性機能に基づいてつなぐ自在ホンヤク機の開発』プロジェクトにも携わっています。2つのチームで研究に取り組んでおり、我々のチームでは健常者以外のさまざまな人たち、例えば失感情症と呼ばれている自分の感情の認識や表現が苦手な人たちを対象に、自分がどう見られているのかをミラーリングエージェントを通じて知ってもらうといった取り組みを進めています。受け取った表情の情報をどのように処理してコミュニケーションを促進させるかにフォーカスし、ミラーリングエージェントをデイケアセンターなどで試験的にお使いいただき、フィードバックをもらって、より良いエージェントシステムを作るための研究を進めています。

もう一つのチームではバイタルデータを解析しており、そのチームとも連携しながら将来的にはより鮮明な感情分析をする、表情だけではなく、声や脳波を使って、より精密なデータを抽出し、より正確な感情の情報を反映させることでミラーリングエージェントの質を高められると考えています。『みんなの脳世界』では、自己認識にフォーカスしていますが、コミュニケーションツールとして発展させるための第一歩として展示しました」。

石戸:「ありがとうございます。ミラーリングエージェントがどのようなものか分かるような画像や映像はありますか」。

禰寝氏:「感情がどのように反映されるか、どのようにミラーリングエージェントが反応を返すのかを示します。利用者が、ハッピーな感情のときはミラーリングエージェントも明るい表情で返してくれます。(▲写真5▲)

▲写真5・話者がハッピーな感情のときのエージェントの反応▲

一方、悲しい感情の場合はこのようなかたちになります。(▲写真6▲)

▲写真6・話者が悲しい感情のときのエージェントの反応▲

このように同じ内容を入力しても感情が違う場合には、エージェントから返って来る言葉のトーンや反応が変わってくるというシステムです。自分に寄り添ってくれるという言い方もできます」。

VR技術を活用して
広場恐怖症への対処法を研究

石戸:「非常に興味深い研究ですね。有住さんの研究についてもお話を聞かせてください」。

有住氏:「広場恐怖症へのVR対症療法というテーマで出展をしました。広場恐怖症とは、聞き慣れない言葉かもしれません。広場恐怖症とは、『ここで具合が悪くなったら逃げられないかもしれない』、『助けを呼べないかもしれない』と感じる場所や状況について、強い不安を覚え、外出などを避けるようになる状態を指します。具体的には、公共交通機関での乗車中の状況などが考えられます。スライドで示しているのは新幹線の状況です。(▲写真7▲)

▲写真7・VR技術で広場恐怖症を軽減するシステム▲

こうした公共交通機関を利用する際、駅から駅への走行中は降りられないので、恐怖を感じてしまう人が多いのです。こうした広場恐怖症に対してVRを使って感じる恐怖を低減できないかというのが、私の研究テーマです。具体的には、360度カメラを使って新幹線の車窓の映像を切り取り、左右対称に複製して『360度分の映像』を作ります。その映像で自分の周りを囲んでいるようなVR空間を創り出し、自分の周りが全て車窓、つまり『外が見えている』という状況を作り出します。より開放的に感じてもらうことで恐怖を低減できないかと考えシステムを考案しました。これが私の研究内容です」。

石戸:「ありがとうございました。お二人とも、人それぞれが物事の感じ方や捉え方に多様性があり、その中で生きづらさを覚えたり、何か困ったことを感じたりしている人たちに対し、さまざまなテクノロジーを活用して解決方法や新しい仕組みを提示されているように感じました。研究室全体としては、どういう思想やコンセプトでこのような研究を生み出しているのでしょうか」。

齊藤氏:「我々の研究室は、多様な人々がいて、多様なお困りごとがある中で、そういった人たちにとってより良い状態を生み出すために、何かアシストができないか、そういった視点で研究しています。先ほど禰寝さんから面接の練習に使える既存システムの紹介がありましたね。その仕組みは言ってみれば、ゴールが決まっています。『面接試験に合格する表現はこうです』と教えるかたちでアシストするのですが、ゴールが決まっているとどうしても一辺倒のアプローチになってしまいがちです。もっと、その人に寄り添ったかたちで、その人たちがどう仕組みを使いたいのかも含めて、調査しながらその人にとって本当に良い状態を探りだしていこうというのが、我々の中での共通の認識としてあると思います。

その視点で考えると、禰寝さんが紹介したシステムはミラーとなっていることがポイントです。つまり、利用者に『こうしたほうが良いですよ』とアプローチするのではなく、現在の自分自身の状態を可視化することで、自分をどう変えたいのかといった想い、自分をよく知りたいというモチベーションをもとに仕組みの使い方を考えながら、さらに『こんなふうに使ったらもっと良いのではないか』というアイデアを実際に体験していただきます。そしてその人たちのフィードバックをもとに、より良いシステムにするためのアップデートを繰り返して提供を進めています」。

ミラーリングエージェントを
自己理解の第一歩として活用

石戸:「まさに、私たちのニューロダイバーシティプロジェクトが大切にしている考え方とも深く重なるお話だと感じました。これまでの社会は、長い時間をかけて形づくられてきた『こうあるべき』という『平均』や『標準』を前提に設計されてきた側面があります。その結果、そこから外れてしまう人たちは、自らを社会に適応させることを求められてきたとも言えます。そのような中で、お二人の研究は、一人ひとり異なる感覚や認知、特性を前提に配慮して、自分らしく生きやすい社会を作っていくことを見据えた研究だということが非常によく分かりました。そこで、お二人にぜひ伺いたいのですが、それぞれ現在の研究に取り組まれるようになった原点やきっかけには、どのような問題意識や体験があったのでしょうか」。

有住氏:「私はVRを使って人を支援する技術について研究をしてきました。その過程で、ゲームなど既存のVRコンテンツよりも、もっと人々が感動できるようなVRの使い方があるのではないかと思ってずっと研究に取り組んできたのです。2025年の『みんなの脳世界』で私が提案したシステムは、自分が持っている現実に対する認識を、技術を使ってどう変えられるかというのがテーマです。このテーマはVRという技術的な視点から考えても面白い研究だと思っています。こうしたことが原点だと思います」。

禰寝氏:「私も単純に技術が面白いと思っています。LLMは浸透してきましたが、それではその技術を活用してどういうことができるのだろうと考えると、自分自身のアイデアと実際に社会で求められているものとの間にはギャップがあります。ベクトルが違うのです。そんなときには、研究室にいるからこそ、さまざまな視点があることに気がつくと考えています。単純に技術の面白さに魅力を感じて現在の研究に取り組みましたが、いろいろな人たちとの対話を通じて、化学反応を感じたり、こういう課題の取り組み方があるのかと気づかされたりしています。研究室でプロトタイプを作って提案すると、『もっとこうしたほうが良い』『こういう視点もある』とフィードバックをいただき、開発を進めています。とても楽しいですね」。

石戸:「禰寝さんにお聞きします。研究されているのはミラーリングをする『エージェント』ですが、ミラーリングをする他者ではなくてエージェントであることの意味はどこにあるのでしょうか。アウトプットの違いとしては、どういった違いが出てくるのでしょうか。お聞かせください」。

禰寝氏:「先ほど、デイケアセンターでミラーリングエージェントのデモをしたというお話をしましたが、エージェントの方が良いという人が意外と多くいらっしゃいました。理由は、実際に他者と会話のトレーニングをすると、変な言葉を言って相手を傷つけてしまうのではないか、逆に自分が傷ついてしまうのではないかと心配しているのです。エージェントだったら、そういった心配はありません。気軽に会話できます。これは、自分にはなかった視点で、なるほどと感じました。リアルの人間よりはエージェントを介した方が、最初のステップとしては話しやすいという人が多かったのです。

また、『みんなの脳世界』に出展したものは、アバターをアニメ調にしています。実際の人間に近いと緊張してしまうのでアニメ調のほうが話しやすいという人もいれば、アニメ調でなくても良いという人もいて、ここは調整が必要です。

いずれにしても、さまざまな人とのコミュニケーションが取れる基盤として、エージェントは使いやすいと考えています。エージェントはパラメーターを調整できるので、優しい語り口調にしたり、逆に厳しく話したりすることもできます。実際にシステムを使った人からは、『厳しい会話もできるようにして欲しい』という意見もありました。その理由は、上司などからの厳しい指摘などにも対応できるようになりたいということでした。このように徐々に調整していって、さまざまな状況に応じて自分がコミュニケーションできるようになりたいという人は多くいらっしゃいます。他人を相手に最初は優しく、その後は徐々に厳しく対応してもらうのは、そうそう簡単ではないでしょう。エージェントで機械的に調整できるほうが手軽です。将来的には、スマートフォンで使うようになると考えているので、個人のユーザーが使いやすく、調整しやすいものになるように開発を進めていきます」。

石戸:「研究のお話を伺いながら、非常に重要なテーマの一つとして『自己のメタ認知』があるのだと感じました。例えば、自分では楽しく話しているつもりでも、相手にはそう伝わっていなかったり、あるいは怒っているように受け取られてしまったりする。そうした『自分が認識している自己』と『他者から見えている自己』のズレに気づくことが、この研究の大きな目的の一つなのだと思いました。その視点で考えると、少し気になったのが、エージェント側の返し方や反応をパラメーターによって調整してしまうと、自分自身についての理解やメタ認知そのものも変わってしまう可能性があるのではないでしょうか」。

禰寝氏:「そこは実際に実験をしながら調査していくかたちになります。自己認知にはいろいろなかたちがあります。自身の表情から相手がどういった感情の受け止め方をしているか、そのフィードバックを受けるとき、エージェントの話し方はあまり影響しないと思っています。ただし、微妙に結果が変わってくる可能性はあります。そこは実際のユーザーにフィードバックのコメントをいただいて解明していくところだと思っています」。

石戸:「自己認知という観点で考えると、例えばAさんが怒っていたとして、それを怒っていると感じる人と怒っていないと感じる人がいます。同じように、自分自身では笑顔で話しているつもりでも、相手からは怒っているように見えてしまうこともあります。そうしたことを、どのようなかたちで本人にフィードバックしたり、調整したりしているのでしょうか。つまり、どういう自己認知を示しているのかが気になっての質問です」。

禰寝氏:「『ジョハリの窓』というモデルで説明します。他者に対する自己には4つの領域があります。『自分も知っているし、相手も知っている領域』と『自分が知っていて相手が知らない領域』、『自分が知らなくて相手が知っている領域』、『相手も自分も知らない領域』です。『自分が知らなくて相手が知っている領域』、ここが感情のずれに当てはまります。それに気づくことによって、自分や相手が知らない領域が小さくなっていくというのがジョハリの窓というモデルです。『自分が知らなくて相手が知っていること』は何か、どこなのかを知るという自己認知のかたちです。客観的な指標を入れることによって、自分と相手が知らなかった領域が小さくなっていって自己認知が進むと考えています。自分は相手にはこう見える可能性があるのだと知ることができるだけでも、自己認知に繋がっていくと考えています」。

石戸:「齊藤先生が最初にお話しされていたように、既存の社会的規範に基づいたフィードバックが中心になってしまうと、利用者側が無意識のうちに、その規範へ自分を合わせなければならないと感じてしまう可能性もあるのではないかと思います。『既存の標準に合わせること』ではなく、一人ひとり異なる感覚や認知、特性を前提にしながら、それぞれが自分らしく生きやすい社会をどう実現していくことを考えると、どうバランスを取るのか、非常に興味深いです。私たちもニューロダイバーシティの活動の中で、自分自身を理解すること、そして他者からどのように見られ、理解されているのかを把握することは、とても重要だと感じています。自己理解を深める、他者から理解されている自分自身を把握するのにテクノロジーを活用できるというのはとてもユニークな研究です。だからこそ、どうバランスを取っているのか、取ろうとしているのかという視点で気になってしまいました。そこのバランスはどう取っているのですか」。

禰寝氏:「この先の研究の方向性まで含めて、ミラーリングエージェントだけで完結するシステムではないと考えています。研究は非常にざっくりですが自己理解の領域とコミュニケーションの領域に分かれると思います。自分は怒っていなくても他者から怒って見られていると自己を認知したとき、怒って見られても良いと考える場合もあれば、友好的であることをちゃんと伝えたいという場合もあるでしょう。その選択はどちらでも良く、それに合わせたコミュニケーションを選択することになります。将来的にはアバターが自分の代わりにコミュニケーションを取ることもあり得ますが、そのときに自分がどう選択するかは自由で良いと思っています。ただし、そうした仕組みを構築するにあたっても、前提として自分がどう見られているかを知らなければなりません。そういった自己理解の第一歩に今回のシステムはなると思っています」。

「個人の拡張」と「環境のリデザイン」
VRを活用して両面からアプローチする

石戸:「禰寝さんの研究が非常に興味深く、つい多く質問してしまったのですが、有住さんの研究もまた、とても本質的なテーマに向き合われていると感じました。私たちのニューロダイバーシティプロジェクトでは、『個へのアプローチ』と『環境へのアプローチ』の両面から、より良い社会のあり方を模索しています。一つは、テクノロジーによって個人の能力や感覚を拡張し、既存の社会の中にあっても、その人らしく力を発揮できるようにしていこうという、いわば身体拡張や認知拡張の視点です。そしてもう一つは、そもそも個人を取り巻く社会や環境の側をリデザインする必要があるのではないか、という視点です。これまで社会は、物理空間にしても制度にしても、いわゆる『平均的な人』を前提として設計されてきました。しかし、本来は一人ひとり異なる感覚や認知のあり方を前提に、社会そのものを再設計していく必要があるのではないかと考えています。そうした観点から拝見すると、有住さんの研究は、テクノロジーを活用して個人が社会に適応しやすくなるための支援でありながら、同時に、たとえバーチャル空間であっても『環境そのものを個人に合わせて変えていく』という側面も持っているように感じました。有住さんご自身としては、この研究の根底には、どのような思想や問題意識があるのでしょうか」。

有住氏:「今の石戸さんのお話にあったように、個と環境のどちらのアプローチも重要で、その両輪で進めていく必要があると感じています。ただ、現実的に現状の新幹線の車両を変えて欲しいというのは難しいですよね。その理由は、コスト的な問題もありますが、何よりも恐怖症や不安症を持つ方々に対する理解が十分に進んでいないということが背景にあります。

研究では医師ともディスカッションをしますが、具体的な治療では『どういう場所で何が怖いのか』というところまでは踏み込めていないようです。具体的には、怖いのであれば『こういう手順で環境に慣れていくようにしましょう』、あるいは『この薬で様子を見ましょう』といったアプローチにとどまっています。その人たちが実際、どのように感じているのかまでは到達していないです。つまり、医学的な理解もまだ十分には進んでいないと思います。

私の研究は個人の拡張によって、社会と個人の間の障壁をだんだんなくしていくという研究ですが、この研究を通じて個人に対する理解が進んでいけば、逆に社会側からもアプローチができるのではないか、道が開かれていくのではないかと思っています」。

石戸:「『みんなの脳世界』では、今の社会の中で生きづらさを感じている方々が、具体的にどのような困難や感覚を抱えているのか、また世界をどのように認知しているのかを、VRなどを通じて疑似体験する展示が複数あります。有住さんの展示も広場恐怖症の人がどういう怖さや不安を感じ、その結果として外出や移動が難しくなっているのかを、体験的に理解できるような要素を持った展示なのでしょうか」。

有住氏:「そこに関してはまだ考えていませんでした。個人に対する研究を進めていくことで理解が進んでいくものと想定していました。例えば、広場恐怖症について最初は広く括ってしまったのですが、実際、一人ひとり症状は違います。そのような個人差も含めて理解が進んでいけば、社会側が列車の車体をこう変えたら良いなどのアプローチができるようになるのではないかと思います」。

石戸:「有住さんの研究については、VRで自分が不安を感じないような環境を構成することで、不安や恐怖心を低減するアプローチだと理解していましたが、先ほど治療という言葉もありました。VRを通じた継続的・治療的な効果まで視野に入れているのでしょうか」。

有住氏:「主目的ではありませんが、効果はあると思っています。この研究に関しては、怖いという思いを持つ人たちが、怖いという特性を変えずに何とかその場をやり過ごせるようなシステムを作るというのが目的です。その場をやり過ごすということは、必然的にその場に慣れていくということに繋がると思います。既存の療法では暴露療法があります。怖いところに何回も行ってその場所に段々慣れていくというものですが、それと似たようなことができるようになるのではないかと思っています」。

石戸:「VRを使って知覚の変化を起こしているのですよね。その知覚は、どのくらい可塑性があるのでしょうか」。

有住氏:「今回の研究では知覚に対して働きかけているのですが、それとは別に実際の環境や場所の情報があります。例えば、新幹線だったらこのシステムを使ったとしても、次の駅までは何分間か止まらないという現実は変わりません。ただし、そこで知覚に対して働きかけることで、概念的な情報と知覚的な情報を組み合わせ、自分が捉えているその場の現実がどのように変化していくのかというところに、研究として面白さがあると思います」。

テクノロジーで
未来の当たり前を創る

石戸:「まさに私もそういう変化が起こり得るのではないかと思っています。そのきっかけとしても、有住さんの研究は非常に面白いと思いました。テクノロジーを使うことで、個別最適化された空間にリデザインできるという面白さ、最終的に認知の変容に繋がっていくという面白さ、この両面が研究にはあると思いました。

お二人にお聞きしたいのですが、こういったテクノロジーを使った研究の先に、どのような社会になったら素晴らしいと思い描いていらっしゃるのでしょうか。また、テクノロジーの利用については、ときにデメリットも指摘されます。技術を利用するに当たって、一番懸念していることは何でしょうか。この2点に関して伺いたいと思います」。

禰寝氏:「今回は自己理解ということでプロダクトのプロトタイプを作ったのですが、コミュニケーションモデルまで発達していく世界が来るだろうと思っています。現時点では、ChatGPTなどに自分でアクセスして使うというかたちが想定されますが、将来的には自分のパーソナルエージェントができる世界になってもおかしくないと思っています。話すのが苦手なのでエージェントに代わりに話してもらうという未来が来るでしょう。

また、現時点では発話者の表情からエージェントに感情を理解させることにフォーカスしていますが、エージェントの精度を上げるためには自分の情報をどのくらい渡すかも重要なポイントになります。そこは、じつはナーバスな問題になってくるかと思います。現在は表情認知で簡易的ですが、例えば脳波や心拍データなどバイタルデータ、それに個人情報を入れることによってエージェントの質も変わってきます。本当に渡しても良いのか、これは社会的な法整備の問題にもなってくるでしょう。そうなってくると、開発側の懸念点はセキュリティです。情報をいかに漏らさないかとか、不要な情報は渡さないなどの設計は重要になります。そういったことをある程度、選択制にして自由にできるようにすべきかと思います。どういったガイドラインでそれらを整理するのか、開発者側も意識しなければならないと感じています」。

石戸:「パーソナルエージェントの話で私が思ったのは、人によって感情表現やコミュニケーションの仕方が異なる中で、自分はフラットに話しているつもりでも、相手には怒っているように見えてしまうときに、『もっと笑顔を作らなければいけないのではないか』『もっと社会的に望ましい表現に合わせなければいけないのではないか』と、無意識に自分を矯正する方向へ向かってしまう可能性もあるのではないかということです。一方で、もしパーソナルエージェントが個人側を変えるのではなく、『この人はこういう感情表現をする人なんだ』ということを踏まえた上で、相手に適切に伝わるようコミュニケーションを補助してくれるような社会になったら、それも面白い方向性なのではないかとも感じました。個人を既存の規範に合わせるのではなく、人と人との間を翻訳したり調整したりするような役割ですね。そういう方向の研究もご一緒できたらと思いながら聞いていました。こうした方向性についてはどのように感じられますか」。

有住氏:「今回の私の研究は、個人だけの現実を作り出す研究です。しかし、物理的世界では、一人ひとり特性が違うのに同じ場を共有しなくてはなりません。そうした中で、VRなどの技術が進んでいくことによって、将来的には物理的世界では場を共有しているけれど、ヘッドマウントディスプレイを使うことで、一人ひとりは自分にとって心地良い現実を体験しているという世界ができるかもしれないと考えています。自分としてはそういう世界があったら面白いと思っています。

一方で懸念点ですが、そういう世界を作ろうというときに当事者が取り残されないか、当事者がデザインに入っていけるかは、重要なポイントだと思っています。つまり、エンジニアの興味によって技術が発展していくと、肝心の当事者が取り残されるような状況になってしまいかねないので、こういった支援技術を研究していく上では、当事者の声が反映されることが重要になると考えています」。

石戸:「私自身も、さまざまな課題や生きづらさを感じている人たちがいる中で、同じフィジカルな空間にいながらも、一人ひとりに合った環境や感じ方を実現できるようになることには、とても大きな可能性を感じています。同時に、それが分断的にならないように、『同じフィジカルな場所を共有している』という感覚や、人と人との繋がりをどう残していくのかが重要だと思います。最後に齊藤先生、お願いします」。

齊藤氏:「困りごとが多種多様であれば、どうテクノロジーを使っていくかも多種多様です。こういった技術は、将来的には個人が使いたいようにカスタマイズして使えるのが良いと思います。一方で、個人で使う分には良いのですが、社会全体で使うとなると、それを使うことに対する他人の受容性も問題になります。あるいは有住さんの話にもありましたが、必要としている人へのサポート技術だったのが、必要としていない人が使うことによって格差が広がったりすることもあり得るかと思うので、その視点からは多くの人が自分に合ったかたちで技術を使えるように、自分で自分が使いたい技術やシステムを作っていけるようになれば良いと思います。しかし、そうなると他の人との関わりというところで新しいコンフリクトが生まれてしまうこともあります。そこが懸念点です。

研究者は、技術を示していくだけではなくて、それをどう使っていくかのガイドラインまで責任を持って提示することが、今後は重要になってくると思っています。今日、話があったのは、鏡になるようなエージェントで自己のメタ認知を高めるというものでしたが、コミュニケーションの練習のためにスライダーを動かして調整する、自分の表情がこわばっていても笑っているように見せるという話がありました。このように、一つの技術要素の中でも使い方は色々できるので、どう使っていくかのルール作りが、今後、ニューロダイバーシティないしはダイバーシティ&インクルージョンを進めていく上では重要な観点になると思っています」。

石戸:「良い技術を、より良いかたちで社会の中に実装していくためには、多様な立場や特性を持つ方々の意見がきちんと反映される場で、ガイドラインやルールについて丁寧に議論していくことが、とても重要だと感じています。同時に、『社会受容性』を高めていくことも欠かせません。だからこそ、『みんなの脳世界』のような場を通じて、研究段階から多くの方々に実際に体験していただいたり、その背景にある思想や問題意識を共有したりすることで、社会受容のスピードを高めたり、新たな課題を早い段階で発見したりすることに貢献できれば、とても意義深いことだと思っています。

ニューロダイバーシティプロジェクトは、『未来の当たり前』を創っていくプロジェクトです。その実現に向けては、新しいテクノロジーの存在が不可欠です。本日のインタビューでは、新しい技術の使い方について多くの示唆をいただくと同時に、これからの『未来の当たり前』の一端を見せていただいたように感じました。ぜひこれからも、ご一緒にさまざまな取り組みを進めていけたら嬉しく思います。本日は本当にありがとうございました」。