REPORT

一人ひとりに合うモノをつくる
デジタルファブリケーションがひらく超多様社会の可能性

2026年6月3日

B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは、2025年の「みんなの脳世界」に初出展した慶應義塾大学 理工学部 情報工学科 准教授 鳴海 紘也氏(▲写真1▲)の取り組みです。シートを温めるだけで、独りでに形が変わり立体的になるインクジェット4Dプリントをはじめとするデジタルファブリケーションの最前線とニューロダイバーシティ社会の実現に向けた可能性について、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真2▲)がお話をお聞きしました。

▲写真1・慶應義塾大学 理工学部 情報工学科 准教授 鳴海 紘也氏▲

▲写真2・B Lab所長 石戸 奈々子▲

>> インタビュー動画も公開中!

どのような形状でも二次元のシートから
作ることができる世界初の技術

石戸:「本日は、2025年の『みんなの脳世界』に初めてご出展いただいた慶應義塾大学の鳴海先生にお越しいただいています。鳴海先生は、普段から非常にワクワクする研究に取り組まれていらっしゃり、その独創的な研究は多くの注目を集めています。今回は『みんなの脳世界』でご出展いただいた内容とあわせて、先生が取り組まれている研究についてお話を伺いたいと思います。まずは、今回の展示内容と研究の概要についてお聞かせください」。

鳴海氏:「私は普段、『デジタルファブリケーション』の研究に取り組んでいます。デジタルファブリケーションとは、デジタルデータをもとに3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械を活用してモノづくりをする技術の総称です。その研究に関連して、『みんなの脳世界』では『インクジェット4Dプリント』という技術を紹介しました。これは、薄いシートを温めるだけで、自動的に形が変わり、立体的な構造になるという技術です。(▲写真3▲)(▲写真4▲) この技術がニューロダイバーシティにどう結びつくのかについては、後ほど説明します。

▲写真3・ペラペラのシートを温めるだけで自動的に形が変わって立体的になるインクジェット4Dプリント▲
▲写真4・薄いシートを温めると自動的に帽子の形状になる▲

この研究では、この世にあるどのような形状でも、二次元で印刷したシートから作ることができることを世界で初めて実証しました。インクジェット4Dプリントの利点は、3Dプリントでは時間がかかるようなモノづくりを短時間で実現できることです。また、3Dプリントで生じやすい廃棄物もほとんど出さず、印刷と変形だけで立体物を作ることができます。さらに、シート状で扱えるため保管に場所をとらず、移動の際も持ち運びしやすいことも大きな利点です。

研究成果の一つとして、2025年12月には株式会社イッセイミヤケの『A-POC ABLE ISSEY MIYAKE』ブランドから、この技術を活用した『TYPE-X Inkjet 4D Print project』というアクセサリー(ピアス)を発売しました。(▲写真5▲)私が耳につけているのもこのピアスです。私の研究室で生まれたものが、このように多くの人たちの手元に届くようになったことを、とても嬉しく感じています。

▲写真5・インクジェット4Dプリントを活用したアクセサリーを『A-POC ABLE ISSEY MIYAKE』から発売▲

そのほかにも、折り紙のように構造を変形させる研究、ゼリーを新しい方法で作る研究、キーボードを自分だけの形に簡単に作る方法など、さまざまなモノづくりの研究を進めています」。(▲写真6▲)

▲写真6・折り紙、ゼリー、キーボードなど、さまざまなモノづくりの研究▲

回路を書くペンを消す
「消しゴム」から始まったモノづくりへの関心

石戸:「先生の研究には、『未来はこうなる』という未来を先取りしているような感覚がありますね。先ほど鳴海先生から、インクジェット4Dプリントの技術がニューロダイバーシティとどのようにつながるのかについては後ほどお話ししたい、という趣旨のお話がありました。振り返れば、『みんなの脳世界』へのご出展をお願いした際にも、『ニューロダイバーシティそのものを研究しているわけではない』とおっしゃっていました。

それでも私たちがご出展をお願いしたのは、ニューロダイバーシティプロジェクトを進める中で、社会や世の中のプロダクトの多くが、『平均』とされる人たちを前提に設計されていることに違和感を持っていたからです。その結果、現状の社会に生きづらさを感じている人たちが数多く存在しています。

一人ひとりに合わせて人工物やプロダクト、さらには空間そのものを設計できるようになることは、そうした課題に対する大きな解決策の一つになり得るのではないかと思っています。より多くの人が自分らしく生きられる社会の実現につながるという意味で、私は先生の研究に大きな可能性を感じています。そうした視点も踏まえながら、先生がデジタルファブリケーションに興味を持たれたきっかけや、その背景についてお聞かせいただけますか」。

鳴海氏:「もちろん、子どもの頃からデジタルファブリケーションが大好きだったわけではありません。きっかけは『回路を書くことができるペン』でした。そのペンで書いた回路を、うまく消すための『消しゴム』を作りたいと思ったのです。ペンと消しゴムがあれば、簡単に回路を作ったり、修正したり、作り直したりできます。実際に、その『消しゴム』を作り、特許を取得しました。その頃から、簡単にものを作る方法に興味を持つようになり、気づいたらなぜかプリンターばかり作っていました。なぜそうなったのか、自分でも不思議に思うところはあります」。

石戸:「2025年の『みんなの脳世界』では、インクジェット4Dプリントによって製作された帽子も展示されていました。アクセサリーに加えて帽子のようなファッションアイテムまで、一人ひとりの身体や好みに合わせて自分自身で作れるようになるということですね」。

鳴海氏:「そうです。例えば、折り紙を自動で折る研究のほかにも、『A-POC ABLE ISSEY MIYAKE』では、私たちの研究成果をもとに服を作っています。3Dモデルを与えると、その3Dモデルに変形する布を作れるのが特徴です。一般的な服づくりでは、いくつかのサイズ展開を用意して大量生産します。一方でこの方法では、3Dモデルを与えるだけでよいため、個別最適化された形を作れる可能性があります。

また、同じような考え方、『poimo』という乗り物の研究も進められています。これは、欲しい乗り物を運転・操作しているポーズを撮影するだけで、体格や乗り方に合ったパーソナルモビリティをデザインできる技術です。(▲写真7▲)

▲写真7・運転ポーズを撮影するだけで自動でその人に合わせた乗り物が作れる▲

風船のように空気圧で膨らむ構造で、空気を抜いて畳んで持ち運ぶこともできます。典型的な個別のモノづくりの研究事例です。バイクや車をカスタマイズするには高額な費用がかかります。また、バイクの場合、身長が足りずに乗れない人もいます。しかし、poimoは風船でできているため、作ることが比較的簡単で、人に合わせた形状にできます。(▲写真8▲)

▲写真8・自動でその人に合わせた乗り物が作れるpoimo▲

これらの研究もあわせて考えると、デジタルファブリケーションは、ダイバーシティにも良い影響をもたらす可能性があるのではないかと感じています」。

限られた人だけの専門的な技術を
基礎知識があれば使えるようにする

石戸:「今回の鳴海先生の技術では、どこまで個別最適化されたプロダクトを作ることができるのでしょうか。先ほどのお話にもあったように、一人ひとりに合わせたものづくりの可能性が広がっているように感じます。現状の技術では、どのような領域やプロダクトであれば実装が可能なのでしょうか。もう少し詳しく教えていただけますか」。

鳴海氏:「個別最適化という方向性に特化して深く作り込んできたわけではありませんが、例えばpoimoであれば、展示会に出展した際に実際に車椅子を使っている方が『欲しい』と言って来てくださったことがあります。車椅子に求めることは人によってさまざまです。移動のために車椅子が必要な人もいれば、単純にリラックスして乗りたい人もいます。移動しやすい車椅子、リラックスしやすい形状の車椅子というように、それぞれのニーズに合わせて幅を持たせることができると思います。

折り紙の研究では、一人ひとりに合わせて自分だけの服を作るような取り組みも行ってきました。ただ、ダイバーシティに向けた応用は、これまであまり本格的には行っていません。やろうと思えばできる可能性はありますが、本当に役に立つのか、きちんと評価する必要があると考えています」。

石戸:「鳴海先生は、研究の中で『作り方を作る』という表現をされています。これまで私たちは、デザイナーがデザインしたものを選び、使うことが基本的なあり方だったように思います。しかし、一人ひとりが自分自身でカスタマイズできるようになると、『デザインすること』や『作ること』が意味する範囲そのものも変わってくるのではないでしょうか。そうした変化を踏まえたとき、先生は『デザインすること』や『何かを作ること』の意味が今後どのように変わっていくとお考えでしょうか。ぜひお聞かせください」。

鳴海氏:「たしかに、これまでのデザインとは、デザイナーと呼ばれる人が専門的な能力を使って行う作業と考えられがちでした。それが誰でも作れるとなると、必ずしも綺麗なものでなくても良い、その人が直面している問題が解決されれば良いという考え方もできます。もともとデザインとは綺麗なものを作る作業とは限りません。その人が抱えている問題を解決できるのであれば、それもデザインです。そういう意味では、自分だけの問題に取り組みやすくなったのだと思います。

デジタルファブリケーションは『誰でも作れる』という文脈で語られがちです。2010年代には、3Dプリンターが『一家に一台』のように言われていたこともありました。ただ、私はそこまで単純には考えていません。むしろ、一部の人しか使えなかった装置を、自分で扱ったり改良したり、自分なりに使いこなしたりできるようにすることに、いまは魅力を感じています。

例えば、最近取り組んだ研究があります。布地を折り機で折る際、これまでは折りのパターン設計が非常に難しく、専門的な人たちにしかできないものでした。私たちは、そうした布地を3Dプリンターで扱えるようにすることを目指しました。現実世界で見ている模様と、カメラ越しに見ている模様が異なる布を扱います。これまでなら、素人には触らせてもらえないような領域の作業でも、この技術を使うと私のような素人でも取り組めるようになります。専門的な高度なモノづくり、ファブリケーションが上流から中流の領域へ下りてきている、そこが重要だと考えています」。(▲写真9▲)

▲写真9・現実世界で見ている模様とカメラ越しに見ている模様が全く異なる布を展示▲

石戸:「『誰もが作れる』とまではいかないものの、3Dプリンターやレーザーカッターといったデジタルファブリケーションのツールを使いこなせるリテラシーを持つ人にとっては、ものづくりのハードルは着実に下がってきているということですね」。

鳴海氏:「パーソナルファブリケーションという『誰でも作れる』世界は、多くの人が目指し、取り組んできたものです。その結果、3Dプリンターはかなり普及しました。その上で私がいま考えているのは、これまで限られた人だけが使っていた装置を、3Dプリンターに慣れ親しんでいる程度の人でも扱えるようにすることです。今は、そこに取り組みたいと思っています」。

3Dプリントが高速化すると
ディスプレイとの境界が曖昧になる

石戸:「3Dプリンターやレーザーカッターは、さまざまな用途に活用できる汎用性の高さがあったからこそ、広く普及してきたのだと思います。鳴海先生は、これまで一部の専門家や限られた人たちだけが扱っていた装置や技術を、より多くの人が使えるようにすることを目指されていると理解しています。その実現のためには、どのようなブレークスルーが必要だとお考えでしょうか」。

鳴海氏:「以前に、国立研究開発法人科学技術振興機構が実施する戦略的創造研究推進事業のプロジェクトに東京大学 大学院情報学環・学際情報学府 准教授の筧 康明先生と一緒に取り組んだとき、『3Dプリントが高速になったらディスプレイと区別つかなくなるよね』という話をしていました。作るのに10分かかるのであればモノづくりですが、作るのに1秒や0.1秒しかかからないなら、ほとんどアニメーションのようなものですね。したがって、まず重要なのは高速であることです。

もう一つ重要なのは、『素材に戻る』ことです。プリントに使った素材を、次に新しい形を作るために捨てなければならないのであれば、ディスプレイにはなりません。ディスプレイなら画面を消すことができます。同じように、消したり素材に戻したりできる要素が大切だと考えています」。

石戸:「つまり、1つの素材を何度でも好きな形に変形させながら、その時々の用途や目的に応じて、さまざまなものづくりを繰り返し行えるようになるということですね」。

鳴海氏:「そうです。私の研究ではありませんが、東大の筧先生が2018年頃に取り組んでいたのが『Dynablock』です。磁石のついたブロックを下から押し上げて構造を作るというもので、この研究の面白いところは元に戻せるところです。必要ならまた素材に戻るのです」。(▲写真10▲)

▲写真10・必要ならまた素材に戻れるDynablock▲

石戸:「冒頭にご説明いただいた鳴海先生の研究は、1枚の布やシートからさまざまな多面体や構造物を作り出せるというものでした。ファッションの文脈で考えると、1枚の布からいろいろな形の服やアイテムを作ることができて、必要に応じて再び1枚の布の状態に戻し、また新しいものを作ることもできる、そんなイメージですよね」。

鳴海氏:「そんなイメージです」。

石戸:「現時点での鳴海先生の研究段階では、一度熱を加えて形を作った場合、その後、元の状態に戻すことは難しいのでしょうか」。

鳴海氏:「『みんなの脳世界』で展示したものは一度きりです。ただし、2017年からそうした研究には取り組んでいます。お湯の張ってあるコップの上にペラペラのシートを乗せると独りでに動きだす『Liquid Pouch Motors』を、オーストリアの文化・芸術・先端技術に関する機関Ars Electronicaのイベントに出展しました。34度で沸騰する低沸騰液体を醤油のパウチのような形状のものに入れて加熱すると、温まって膨らんで動きだすというものです。お湯につけたらバッと動きだすなど、温め方を工夫することで膨らんだり戻ったりします。これは行ったり来たりできる技術です。行ったり来たりさせる技術はいろいろと考えられると思います」。(▲写真11▲)

▲写真11・34度ぐらいで沸騰する液体をパウチのようなものに入れてあげると、温まって膨らんで動くLiquid Pouch Motors▲

モノが捨てられる前に自ら形を変え
機能を変える自立共生技術を目指す

石戸:「私たちの『みんなの脳世界』のサブテーマは『超多様』です。誰かが作ったものを一律に受け入れるのではなく、一人ひとりが自分に適したものを選択できる社会を目指して取り組んでいます。そうした視点から考えると、『自分に合ったものを自分で作る』という新たな選択肢が生まれつつあること自体に、とても明るい未来を感じます。

鳴海先生が研究されている技術は、いつ頃、どのような形で社会に実装されていくのでしょうか。また、その先に先生ご自身が思い描いている未来は、どのようなものなのでしょうか」。

鳴海氏:「いつぐらいでしょうか…。正直、現時点では何とも言い切れませんが、先ほどのDynablockのような実装方法であれば、どれくらい小さくできるか、工業生産できるかなどクリアすべきことはありますが、10年ぐらいでできるのではないかと考えています。

社会実装を考えたとき、私が良いアイデアだなと思っているのは風船のような構造です。風船のように物を膨らませて形を作る研究を数多く手がけてきました。先ほどのpoimoもその一つです。平たく作って膨らませるところが良いのです。その仕組みをさらに高速化できれば、ディスプレイのようなものを作れるようになる可能性があります。ただし、パターンを変えられるかどうかは難しい課題です。それでも、何らかの工夫はできるのではないかと思っています」。

石戸:「例えば将来的には、部屋の家具、例えばソファや机なども、そうした膨らむ素材や変形する素材で作られるようになって、必要に応じて形を変えたり、使わないときにはコンパクトな状態に戻したりできるようになるのでしょうか。さらに言えば、毎月気軽に部屋のレイアウトや家具そのものを変えられるような世界も考えられるのではないかと思ったのですが、そうした未来は鳴海先生の研究の先にあると考えてもよいのでしょうか。それとも、少し言い過ぎですか」。

鳴海氏:「言い過ぎではないですね。私が国立研究開発法人科学技術振興機構に在籍していた頃に、モノが高速で形や機能を変えることによって、単に『人間が使う』立場で『モノが使われる』という関係でなく、モノも自ら必要に応じて形や機能を変えるような社会を想像しました。(▲写真12▲)

▲写真12・人間とモノが「使う」「使われる」の関係を超えて自立・共生するような技術も研究▲

例えば、電源が必要なら自分で電源のあるところに行く、モノ自身が捨てられる前に形を変える、機能を変えるといったことができれば良いなと考えました。そのときに描いたビジョンの中では、10年以内くらいで実装できるものもあるような気がします」。

石戸:「先ほど鳴海先生のお考えとして、ご自身のデジタルファブリケーションの研究は『作ることの民主化』、つまり、すべての人が作り手になることを目指しているわけではない、というお話がありました。一方で、そのような世界になると、自分で作れる人と作れない人との間に新たな格差が生まるのではないかという点も気になります。私たちは『超多様』な社会を目指していますが、その実現のためには、多様な選択肢を用意するだけでなく、『作る側』に参加できる人を増やしていくことも大切な要素なのではないかと感じています。その点について、鳴海先生はどのようにお考えでしょうか」。

鳴海氏:「とても重要ですね、実際に例えば日本全国にある『FabCafe』で3Dプリンターやレーザーカッターなどの使い方を教えてくれるおかげで、興味を持ってくれる人が増えています。3Dプリンターを使えることによって、もっと難しい装置に取り組むチャンスにもなります。作れる人を増やす技術や取り組み、方向も重要な技術、知識だと思います。

ただし、その方向での研究においては、本当にさまざまな研究者や人が取り組んでいます。FDM方式の3Dプリンターなら3万円程度で買えますから、3万円でできる研究とも言えます。だから、私がやらなくても多くの人たちが取り組んでいるのです。

私がやるべきことは、1000万円や3000万円など高額な装置を誰でも使えるようにするための準備だと思っています。それは一般的な研究者ではできないことだと自負しています。現在はごく限られた人にしか使えない技術を『少し知識がある』程度の人でも使えるようにすること、そこに興味があります」。

モノの作り方を「作り」だし
「衣食住」をアップデートする

石戸:「たしかに、鳴海先生のように発想力と技術力の両方を兼ね備えた方が、そうした新しい世界を切り拓いていかれることは本当に素晴らしいことだと思います。また、何千万円もするような装置を、より多くの人が使えるようにすることを目指されているというお話を伺っていると、『今までそんな発想はなかったよね』『今までそんなものづくりはなかったよね』という新しい可能性を生み出しているように感じます。先ほど先生がおっしゃっていた『作り方を作る』という言葉にも通じると思うのですが、完成したモノを作るというよりも、『モノの作り方そのものを作っている』ようにも見えます。こうした発想は、どのようなところから生まれているのでしょうか。また、今後、先生ご自身としては、具体的にどのような領域でチャレンジしていきたいと考えていらっしゃるのかについてもお聞かせください」。

鳴海氏:「発想がどういうところから生まれるのかというのは、本当にさまざまです。例えば、大きなものを作ると時間がかかるので、畳んだまま作ろうという研究を始めたときは、たまたまカブトムシがサナギのときには角を畳んでいるというのを知り、畳んだ状態で作れば早いと思ったのがきっかけでした。(▲写真13▲)

▲写真13・カブトムシはサナギの時点で角を畳んでいる▲

1度壊れても何度でも直るデバイスを作るという研究をやっていましたが、そのきっかけはカーネギーメロン大学を訪問したとき、『変な素材があるから見に行くぞ』と当時の指導教官と一緒に見学に行ったことでした。自分の知っている分野だけではなく、できるだけ幅広く見識を深めたほうが良いですね。『みんなの脳世界』には、ほとんど自分とは関わりのないプロジェクトも数多く出展されていましたが、そういった研究内容を見ることはとても大事なことだと思います。

これから取り組みたい方向性や領域では、衣食住全般をそれぞれアップデートすることに取り組みたいと考えています。衣ではプロダクトを作るという現在の取り組みをもっと突き詰めます。例えば、自動で変形する構造はたくさんありますが、それはスケールに依存します。大きなものは自重で歪んでしまうこともあり、まだまだ研究の余地があります。そこを突き詰めていきたいですね。ダイバーシティ感は少ないのですが、そこに注力したいです。

住では、家の構造を見直し、例えば10秒で作れる家、家を10秒で作る技術などを研究したいと考えています。豊臣秀吉は『一夜城』を作りましたが、『一夜城』を本当に作れないかと考えています。牛久大仏にも興味があり、牛久大仏を1日で作れないかと考えています。この時代だから小さいものをすぐ作るのはできます。牛久大仏を1日で作るような作り方、技術を考え中です。

食では、フードプリンティングをもう少し深く研究したいと思っています。現在のフードプリントは、基本的に見た目や形を制御する技術です。綺麗に寿司の形になっているかといった研究は私も電通などと一緒に取り組みました。ただ、これまでの研究はフードをテーマとしているのに味の追求が甘いのです。 この分野では東京大学 大学院で料理×デジタルファブリケーション技術について研究をされていた宮武 茉子さんは調理師の免許まで取得され、『おいしくないものは作りたくない』というお考えです。フードプリンティングならではの旨さ、おいしさのあるものを作りたいと考えています」。

石戸:「具体的にはどういうことなのでしょうか。先ほどのお話で、『衣』や『住』についてはイメージができたのですが、『食』については、具体的にどういうことが……」。

鳴海氏:「まだ自分でも分からないのです、やはり今はまだ形ばかりが研究されています。例えば、『牛肉にそっくりな構造を作れば、牛肉と同じように旨いはずだ』といった議論が中心です。これからどうアプローチしていくかを考えています。ただ、フードは非常に興味のある領域です」。

石戸:「たしかに興味深い領域ですね。食事をするとき、感覚過敏などによって、なかなか他の人と同じように食べることが難しい方もいらっしゃいます。そうした方々にとって、美味しくて、なおかつその人に合ったものを簡単に作れるようになるというのは、とても面白い可能性だと思います。ニューロダイバーシティの観点から見ても、未来の一つの方向性として非常に興味深いですよね」。

鳴海氏:「ずっと以前に筧先生とフードをテーマに議論しました。そのときに出たアイデアの中で、実現していないものがあります。例えば、鍋からおじいちゃん、お母さん、お子さんが同じ料理を取るのだけれども、手元にあるソースにつけると、おじいちゃん向けにはすごく柔らかくなり、噛みやすい飲みやすい料理になる、お子さん向けには苦味が抜けるような料理になるというものです。元は同じ素材なのだけれども、個人に最適化のための『何か』、例えばソースにつけるといったことを経ると、それぞれの人に合った料理になる、そんな技術の研究をやりたいと話してから、もう10年ぐらい経った気がします」。

石戸:「それもとてもユニークですね。例えば、健康状態に応じて塩分を控えなければならない人でも、実際の塩分は少ないけれど、何らかの刺激によってしっかりと塩味を感じられるようになれば、これまで諦めていた食をもう一度楽しめるようになるかもしれません。また、感覚過敏によって、食材のザラザラとした感じが気持ち悪くて食べられないという方に対しても、舌に触れたときの感覚だけを変えられるようになれば、新しい可能性が開けるように思います。そう考えると、とても面白い未来ですよね。

もともとこの『みんなの脳世界』というイベントは、私が実行委員長を務めている『ちょっと先のおもしろい未来』という企画の一環としてスタートしました。新しいダイバーシティの世界を描いているのが『みんなの脳世界』で、先ほどお話に出た『poimo』も、東京大学の川原圭博先生にお願いして、1年目と2年目にご紹介いただきました。

そうした中で、実は『食』についても2年目から取り組んでいます。『ちょっと先のおもしろい未来』には毎年3万人近い方々にご来場いただいています。そのため、来場者の皆さんが実際に手に取り、体験できる食を提供しながら、『ちょっと先の食体験をしてみよう』というコンセプトで企画を進めています。それは、未来の食べ物の作られ方かもしれませんし、新しい素材かもしれません。また、それらを提供するロボットかもしれません。食そのものだけでなく、食を取り巻くあらゆる要素を含めて、『ちょっと先のおもしろい食体験』の未来を描くことに継続的にチャレンジしています。鳴海先生の研究とも非常に親和性が高い領域だと感じていますので、ぜひ今後はそうした取り組みにもご参画いただければと思います」。

鳴海氏:「未来の食や食体験については、例えば電気刺激を活用する、マルチモーダルに匂いを加えるなど、ユニークな研究をしている方々が、すでに何人か頭に浮かびます。そういった方々の研究とはまた違った私らしい視点とテーマで、未来の食に関する研究に取り組み、ご紹介できるように準備しておきます」。

石戸:「未来のファッションも取り組みたいテーマの1つです」。

鳴海氏:「ファッションは、以前からもっとも好きな研究領域です。中学生の頃からパリ・コレクションのルックブックを買って、『全ルック暗記』していたほどです。デジタルファブリケーションの研究に取り組んだのは最近ですが、ファッション、衣服に関しては以前から周囲の人たちが引いてしまうほど詳しく、また自信がある分野で、それが巡りめぐって今の研究につながっている感じがします」。

何かを見たときに『自分なら作れるか』
『自分なら再現できるか』という視点で考えてみる

石戸:「お話を伺っていると、もともとファッションに対する興味や関心があり、そこにデジタルファブリケーションの研究が融合することで、現在の研究につながってきたのかなと感じました。一方で、先ほどのお話にあったような、カブトムシの角がさなぎの中では折りたたまれて収まっているという事実を知ったとしても、それを素材やものづくりに応用しようという発想には、なかなか至らないようにも思います。鳴海先生のそうした発想は、いったいどこから生まれてくるのでしょうか。新しい素材に出会ったときや、まったく異なる分野の現象に触れたときに、それを別のものづくりへと結びつけていく。いわば『発想を飛ばす力』や『異なる領域をつなぐコツ』のようなものがあれば、ぜひお聞かせいただきたいです」。

鳴海氏:「発想を『飛ばしているか』はさておき、何かを見たときに『自分なら作れるか』、『自分なら再現できるか』という視点で考えてみることは重要だと思います。例えば『みんなの脳世界』に、ただの来場者として見に行って良かった、良くなかったなどと批評家になるのは簡単です。私の場合は、『このイベントを実施するのに、どれだけの人たちに声掛けをしたのだろう』といったことや『このポスターの外注はどう手配したのだろうか』など、自分が再現するために必要な労力や時間、手間を考えて、そこに感動するタイプです。

だから、牛久大仏を見たら『どうやって作ったのだろう』と考えてしまいます。ピラミッドであれ、何かの展示会に出展されていた工業製品であれ、それらを見たときに再現するのにかかる労力を自分の脳内で想像できれば、そこに『何を足そうか』と発想が膨らんでいくと思います」。

石戸:「鳴海先生には、2025年に初めて『みんなの脳世界』にご出展いただきました。イベント終了後にいただいたご感想の中で、私がとても印象に残っている言葉があります。それは、『いろいろ考えてみたけれど、自分にはこのイベントはプロデュースできないなと思ったので負けました』というものでした。鳴海先生は展示やイベントをご覧になるときにも、単に楽しむだけではなく、『自分なら作れるか』『自分なら再現できるか』という視点で見ていらっしゃるのですね」。

鳴海氏:「その発想です。私は『戦闘民族的思想』なので、そうなってしまうのです(笑)」。

石戸:「『みんなの脳世界』の開催には、本当に多くの方々の協力と膨大な労力が必要です。だからこそ、鳴海先生がその大変さを理解し、そうした言葉をかけてくださったことが、とても嬉しく印象に残っています」。

鳴海氏:「批評家でなくて作っている人、何事においても作る側に回るということ、それが大事です。その視点では、もしかしたらデジタルファブリケーションによって『みんなができるようになる』のは良いことかもしれません。表現することが簡単になります」。

石戸:「私たちはニューロダイバーシティの取り組みを通じて、特定の誰かを救うことだけを目的としているわけではありません。脳や神経の多様性を前提に、一人ひとりが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。そのためのアプローチとしては、テクノロジーを活用して身体や認知の機能を拡張することと、環境そのものをリデザインすることがあります。環境のリデザインという視点では、多様な人々の活躍を制約している制度やルールを見直していくことも重要だと考えています。さらに、メタバース空間を活用して病院や学校に通う、自分の代わりにロボットが通勤するなど、これまでの常識にはなかった新しい生き方や学び方、働き方、暮らし方をデザインすることも視野に入れています。私たちは、テクノロジーや社会の変化が加速する今だからこそ実現できる、一人ひとりが自分らしく活躍できる社会を目指して取り組んでいます。

それに関連する何かを生み出している人、何かを作っている人たちが集まっているのが『みんなの脳世界』だと言えるのかもしれません。鳴海先生には、これまでのご自身の研究や取り組みを踏まえて、ニューロダイバーシティ社会の実現に向けて、今後何が必要だと思われるかをお聞きしたいです。どういうものがあったらもっと良くなるのか、あるいはどのような方向に進んでいくべきなのか、アイデアや助言をいただければと思います」。

鳴海氏:「今、すぐにグランドチャレンジ的なことは思いつきません。ただ、私は大学では可視化やVRについての講義もします。大学2年生の講義の中で、色覚異常を対策できるような技術を思いつき、『これを突き詰めたら論文を書ける』と話しました。このように思いつくことはさまざまにあり、それらがどれもニューロダイバーシティにつながりそうだと感じています。ただ、グランドチャレンジ的な回答はまだ見えていません」。

石戸:「私は、コミュニケーションの齟齬が社会的な生きづらさにつながっているケースが少なくないと感じています。例えば、自閉スペクトラム症の方の中には、強いこだわりがあったり、思ったことを率直に伝えたり、曖昧な表現の意図を汲み取ることが難しかったりすることがあります。もちろん、それ自体が良い悪いという話ではありませんが、そうした認知やコミュニケーションの違いが原因で、互いの理解にずれが生じてしまうことがあります。私たちは、そうしたコミュニケーションの齟齬を少しでも減らせないかと考え、人間の五感に働きかけるテクノロジーなどにも取り組んでいます。しかし、さまざまな技術が登場している一方で、『これだ』と思えるものにはまだ出会えていないのが現状です。コミュニケーションというテーマは非常に広い領域ですが、その中で鳴海先生ご自身が興味を持たれているテーマや、『こんな技術があったら面白い』『こういうアプローチがあり得るのではないか』といったアイデアがあれば、ぜひお聞かせください」。

鳴海氏:「今のお話を伺っていて感じたのは、社会の問題は、そのほとんどが対人関係ではないかということです。例えば、日々の研究活動についても、問題となるのはその研究室で楽しく取り組めるかどうかだという気がします。配属された研究室、自分が選んだ研究室が自分の研究テーマにマッチしているかどうかも大切ですが、それと同等かそれ以上に人間関係が良好で、楽しく研究活動に取り組めるかどうかが重要であると思います。研究室のような狭いコミュニティ内で不和が生じたとき、お互い距離を取ってしまうと融和する方法がなくなり、さらに距離が遠くなってしまうという悪い方向の流れが起きがちです。ある人に精神的に改善すべき問題があったとしても、それを愚直に伝えたらもっと悪い方向に進んでしまうでしょう。そういった悪い方向に流れてしまう人間関係を『逆向きにする技術』は、今のところ思いつきません。つまり、面白い研究テーマです。そんな技術があれば欲しいと率直に思います。ということは、私にとっては研究したいということですね」。

石戸:「もしかすると、人間関係が悪い方向に向かっていること、あるいはコミュニケーションがすれ違い始めていることが可視化されるだけでも、一度立ち止まるきっかけになるのかもしれません。それまで無意識に行っていた言動に気づき、少し意識して変えてみようとするなど、何らかの行動変容につながる可能性もありますよね。コミュニケーションというのは、ファッションの領域でも、食の領域でも、人と人との関係の中で密接に関わっているものだと思います。だからこそ、ファッションや食といった領域の中にも、人間関係をより良いスパイラルへと導く『何か』を見いだせる可能性があるのではないかと感じました。

例えば、食の領域で考えると、寿司屋では板前さんとお客さんの距離がすごく計算されていて、コミュニケーションしやすい距離、対話しやすい距離になっていると聞いたことがあります。そうしたことも、コミュニケーションを円滑にするための『食のデザイン』の一つなのではないかと思うと、本当に興味が尽きません。ぜひ、そうしたことも含めて一緒に考えていただけたらと思います。最後に、未来に向けた抱負を一言いただいて、本日のインタビューを終わりにしたいと思います」。

鳴海氏:「私たちは、日々の暮らしの中で靴を履いたり、服を着たりしています。身の回りのさまざまな領域に目を向けて、その領域における新しいデジタルファブリケーションを考えていきたいと思います。3Dプリンターはかなり普及しましたが、一過性の流行りとしてではなく、もっと明確な目標や世界観を意識して、さまざまな領域のデジタルファブリケーションにチャレンジしていきたいと考えています」。

石戸:「鳴海先生の研究についてお話をお聞きしていると、本当に明るい未来をイメージすることができて、とても楽しくなります。そんな鳴海先生の研究成果を、一人でも多くの人に知っていただけるよう、『みんなの脳世界』をはじめとするB Labの活動を通じて、アウトリーチの面でもお役に立てればと考えています。本日はありがとうございました」。