REPORT

VR技術で乳児の寝かしつけを疑似体験
保育・育児を家庭内に閉ざしたものにせず
「社会全体の取り組み」に

2026年3月2日

B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは、東京科学大学 情報通信系 エンジニアリングデザインコース 准教授 中谷 桃子氏(▲写真1・左上▲)と、中谷研究室学生の久松 春輝氏(▲写真1・左下▲)、池上 颯馬氏(▲写真1・右下▲)の取り組みです。中谷氏は2025年の「みんなの脳世界」で、VR技術を使って乳児の寝かしつけを疑似体験できる取り組みを紹介し、子育て世代ではない若者に当事者意識や興味関心を持ってもらうことを目指しました。そんな中谷氏の研究活動について、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真1・右上▲)がお聞きしました。

▲写真1左上・東京科学大学 情報通信系エンジニアリングデザインコース 准教授 中谷 桃子氏▲
▲写真1左下・中谷研究室の久松 春輝氏▲
▲写真1右下・中谷研究室の池上 颯馬氏▲
▲写真1右上・B Lab所長の石戸奈々子▲

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保育の現場に蓄積されたナレッジを外に出し
子育ての社会化を目指すプロジェクトに取り組む

石戸:「東京科学大学の中谷先生のチームは2025年に初めて『みんなの脳世界』に出展していただきました。その出展内容や出展の背景にある普段からの研究・取り組みについて、中谷先生、学生の久松さん、池上さんにお伺いします」。

中谷氏:「まずは、普段の中谷研究室での取り組みについてご説明します。(▲写真2▲)

▲写真2・中谷研究室が行っているプロジェクトの背景▲

中谷研究室はこれまで約2年半をかけて、JST(科学技術振興機構)の未来創造事業の中で研究活動に取り組んできました。現在はRISTEX(社会技術研究開発センター)のプロジェクトとして日々、研究に取り組んでいます。

その中で感じたのは、保育というものが『閉ざされた現場』で実践されていて、知識やノウハウが蓄積されているにもかかわらずそれが広く共有されていない、いわば社会と分断されてしまった状態にあるということでした。多様な子どもたちがいる中、保育においてもさまざまな工夫がなされています。こうした背景がある中で、蓄積された知識をもっと外部に発信して、保育に関するノウハウを社会化することができないか、子育てを社会化することができないかということを目指してさまざまなプロジェクトに取り組んできました。

具体的には、まずJSTのプロジェクトでは保育園のメタバースを作って、ナレッジを蓄積することに取り組みました。(▲写真3▲)

▲写真3・中谷研究室のJSTのプロジェクトにおける取り組み▲

2025年の『みんなの脳世界』で出展したのは、こうして蓄積してきたナレッジを広く発信することを考えた内容です。保育や育児の担い手を増やすためという目的もあり、展示では大学生や来場してきた子どもたちにも子育てを疑似体験していただけるようにし、ナレッジを活用するシーンをイメージできるようにしました。(▲写真4▲)

▲写真4・子育てを疑似体験してもらうことで担い手を増やす取り組み▲

具体的な出展内容を学生の久松君から説明します」。

乳児の寝かしつけを疑似体験することで
子育てに興味を持つようになるという効果が

久松氏:「保育、育児、子育ての現状を鑑みると、現在、若者が乳児と直接関わる機会が年々減っているという現実があります。その結果、乳児に対して『可愛らしい』といった気持ちを抱く以前に、『どう関われば良いのか分からない』、『距離を感じてしまう』といった意見を多く耳にします。私たちは、まずは、そうした意識、距離感、壁とでもいうべきものを取り払おうという意図で研究に取り組んでいます。

それでは、乳児に対しての興味を増加させるためには、どういう体験ができれば良いのか。普段は実験室の環境下で研究していますが、閉じた環境での体験を調べるだけでは不十分だという思いが常にありました。

そこで、『みんなの脳世界』では研究で扱ってきた内容や蓄積された知見等をベースに、より多くのさまざまな方々に保育を疑似体験してもらうことで、どういう効果があるのか、受け入れもらえるのかといったことを探りました。参加者の方々にHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をかぶっていただき、赤ちゃん人形を使って赤ちゃんを寝かしつける疑似体験をしていただきました。(▲写真5▲)

▲写真5・赤ちゃんの寝かしつけが疑似体験できる展示の様子▲

HMDの中では、赤ちゃんの表情が映ります。抱っこしたときには泣いているのですが、だんだんあやしていくうちに収まってきて、赤ちゃんが眠るまでを体験できます。赤ちゃんをあやし続けることで眠らせることができたという一種の達成感を感じてもらうとともに、自分の関わりによって状態が変化したという体験を通して、乳児に対してポジティブな感情を生み出すことを意図して設計しました。今回は、それを寝かしつけ体験で提供しています。

実際、180名を超える方々に体験していただきました。今まで大学生などを対象に実験を行っていたのですが、保護者の方々からも自分の子どものことを思い出したという感想をいただきました。小学生にも多く体験してもらい、研究本来の意図からは少し外れるかもしれませんが、『楽しい体験でした』という感想も数多くいただいています。私たちとしても有意義な経験で、かつ有益な情報をたくさん得ることができました。出展させていただき、とても良かったというのが率直な感想です」。

中谷氏:「実際の『みんなの脳世界』の展示では、参加者の方々にHMDをかぶっていただきました。どのような映像が見えるのかについて、池上君から説明します」。

池上氏:「実際には、次に示すような映像を見ていただきました。(▲写真6▲)

▲写真6・寝かしつけ疑似体験のVR中の映像▲

最初は、乳児が泣いている状態の映像を確認できます。体験者の方が人形を持って実際に揺らしてあげると、泣いている赤ちゃんがだんだんと泣き止み、うとうとしていきます。そして、最終的には赤ちゃんを寝かしつけるという体験です」。

石戸:「私も当日、実際に体験しました。どこか懐かしさを覚え、『赤ちゃんはやっぱり可愛いな』と感じる一方で、『なかなか寝ないなぁ』など、さまざまな感情も自然と湧いてきました。中谷先生の研究室のコンセプトには、『子育てと社会の分断をどう防ぐか』という問題意識があると理解していますが、今回の展示を通して、どのような効果や変化を期待されていたのか、ぜひ教えていただけますでしょうか。

私自身は今お話ししたように、さまざまな感情が同時に立ち上がる体験をしましたが、参加者の中には『小さな子どもは可愛い』という感覚を強く持った方もいれば、逆に『子育てはやはり大変だ』と感じた方もいたかもしれません。そうした多様な受け止め方も含めて、どのような感覚を持ってもらうことが、子育てと社会の分断を緩和する方向に繋がるとお考えだったのでしょうか」。

中谷氏:「研究を開始した頃は、こういう体験をしていただくことで実際にどのような変化が起きるのかが分からない中でのスタートでした。だから、まずはやってみるという感じでしたね。最近、分かってきたのは、赤ちゃんのことが全く分からないから怖い、興味が湧かないといった人たちでも、具体的に『このくらいの重さなんだ』、『揺らしていると寝てくれるものなんだ』などと少しでも分かってくると、その体験から肯定的な感情に繋がっていくということです。

現時点では、赤ちゃんについてまったく分からなかったことが分かるようになることで、また、具体的に体験することで興味を持ってもらえるようになるというのが分かってきたこと、それがまずは具体的な効果だと感じています。そうなると次の課題は、そうした気持ちをいかに持続させるのかということです。効果を持続して、人形ではなくリアルな赤ちゃんにより強い興味を持って欲しいというのが今の狙い、目指すところです」。

VRで乳児の表情の変化を体験することで
可愛い、楽しいというポジティブな感情に

石戸:「2025年の『みんなの脳世界』では、女性の生理痛を疑似体験する展示もありました。それらの展示を踏まえ、まずは実際に体験してみることによって関心が生まれる、その入り口をつくること自体がとても重要なのだとあらためて感じました。そして中谷先生の研究も、まずはそこを丁寧につくろうとされているのだと受け止めています。

その上でお聞きしたいのが、やはり次のステップです。疑似体験を通して関心が生まれた後、今は子育てをしていない人たちが、何らかの形で当事者性を持てるような社会の構造を、どのように実現していけるとお考えでしょうか。中谷先生のお考えをぜひお聞かせください」。

中谷氏:「こうした体験を何度も繰り返しながら、だんだん慣れていくという中長期的なアプローチがあります。現在、池上君が研究しているのは、泣き止まない赤ちゃんが泣き止むというネガティブからポジティブに変換する体験をしてもらい、単純にあやして楽しいだけではなくて、大変だけど乗り越えられるという体験で少しずつ自信をつけていってもらうというアプローチです。

さらに、大学生だけではなくて保護者の方々向けにもVRコンテンツを作っています。例えば、子どもが癇癪を起こしたときのことを考えてみてください。対応はとても難しく、誰も正解、正しい対処の仕方はこうですとは分かりません。そんな状況を保護者の方々に体験していただき、人によってやり方が違って良いということを理解していただくといったことにも取り組んでいます。リアルな赤ちゃんで経験を積めれば良いのですが、それは必ずしも現実的ではありません。できないところはVRで補完するなど、組み合わせて活用しながら取り組んでいます」。

石戸:「まず、『取り敢えずやってみる』ところからスタートされたというお話がありましたが、その中で『赤ちゃんの寝かしつけ』というテーマを選ばれたのには、どのような理由があったのでしょうか。

そして、もう一つお伺いしたい点があります。これまでも、例えば小さな子どもが赤ちゃん人形を抱っこしてみるといった疑似体験は行われてきましたが、今回の展示ではVR技術が用いられています。VRを活用したからこそ実現できたこと、あるいは参加者同士で共有できた感覚には、どのようなものがあったのでしょうか。さらに、VRという技術を通じて、感情の共感性を高めるためにどのような工夫をされたのか、その技術的・設計的なポイントについても教えていただけますか」。

池上氏:「寝かしつけの体験の前に、おもちゃを使って乳児と触れ合うことを体験するという取り組みも実施しました。若者が乳児と触れ合うきっかけになるものとして作りましたが、本来は乳児をおもちゃであやすことで、ニュートラルな状態の乳児がポジティブな状態に変わっていく、その変化を体験してもらうようにするものでした。この体験をした後に、次の段階として、泣いている乳児を寝かしつけるというネガティブからポジティブへの変化を体験してもらい、乳児とのより深い触れ合いを体験してもらおうと考えたのです。

VRを用いた理由は、人形では表情を作ることが難しかったことがあります。また、相互作用が生まれにくいところも感じました。体験者にポジティブな感情、可愛いや楽しいという感情を持っていただくためには、乳児の表情も重要ですし、実際に触れ合いながら自身の手を動かしてあやしてみるという感覚も重要だと分かっていたので、VRを用いたという経緯があります」。

石戸:「今回の展示では、VR技術を活用して赤ちゃんを抱く体験をしてもらうにあたり、あらかじめ『こういう感情を想起させたい』という方向性を強く定めていたというよりも、できるだけ実際に赤ちゃんを抱いている感覚に近い体験を再現したうえで、その結果として、ポジティブな感情を抱く人もいれば、戸惑いや大変さといったネガティブな感情を抱く人もいるかもしれませんが、そのとき人がどのような感情を抱くのかを、まずはフラットに見てみよう、というスタンスだったのでしょうか」。

池上氏:「そうです。まずは、どういった感情の変化があるかを見てみようということが大きかったと言えます」。

赤ちゃん人形で心拍や体温を再現することで
リアリティのある寝かしつけ体験を提供

中谷氏:「VRならではという話もさせていただきましたが、久松君は人形を使った取り組みをやっています。その研究について説明をしてください」。

久松氏:「赤ちゃん人形で実際の赤ちゃんの心拍や呼吸、体温などを模倣して生体信号を再現しています。それを感じてもらうことで、より現実感を高め、実際に赤ちゃんを抱っこするときにはどういう感情になるのか、どういう効果が見られるのかということを研究しています。

今回、展示でも二体の人形を設置し、生体信号の再現がない場合、心拍だけが分かる場合、体温だけが分かる場合などを参加者に体験していただきました。その体験を通じて、『赤ちゃんの心拍は、こんなに速いのか』、『自分たちの心拍より速くて、一生懸命生きている感じがする』、『体温があることで親近感が湧いてきた』などの意見をいただくことができました。生体信号を付与することによって色々な効果が見られるということを、今回、知見として得ることができました」。

石戸:「生体情報も含めて、視覚・聴覚・触覚など、さまざまな感覚に働きかけながら、いかにリアリティを実現するかを追求されているのだと感じながらお話を伺っていました。実際には、疑似体験において、どの感覚が最も大きく影響するとお考えでしょうか。また、まったく同じ体験をしていても、人によって『本当に抱いているように感じる』場合もあれば、そうではない場合もあると思います」。

久松氏:「これは、まだちゃんと科学的に調べたわけではないので未知数なところではあるのですが、自分が普段、研究で実験している中で最も良く言及されるのが『重さ』です。赤ちゃん人形自体に実際の乳児の重さを反映しているのですが、あまり赤ちゃんに関わったことがない人は赤ちゃんの重さについても全然、知識がなく、持った瞬間に『命がある赤ちゃん、生きているというのはこんなにも重いものなのだ』と驚かれる方が多くいらっしゃいます。

どのような感覚が、赤ちゃんを抱いているというリアリティに繋がっているのかについては、複合的に色々な要素があると感じています。どの要素が大切なのかというよりもどれも均一に、相互作用的な形で影響し合っていると思います。例えば、生体信号がなくただ重いだけでは、興味が湧かなくてすぐにあやすのをやめたいと思ってしまう参加者もいます。その一方で、生体信号やVRの表情など変化があると、実際に自分があやしているという感覚や寝かしつけられたという達成感を味わうことができ、『ちょっと重かったけれど実際にあやしているみたいで良かった』という意見に変わってきます。やはり、さまざまな要素を組み合わせること自体がとても大事だと思っています」。

地域の子育て支援拠点と連携して
VR体験を学生たちに広げていきたい

石戸:「この研究に限らず、他の先生方の研究も含めてお伺いしたいのですが、疑似体験が人の感情や認知の変化にどのような影響を及ぼすのかについて、これまでに示されている研究成果があれば教えていただけますでしょうか。

もう一点、少し意地悪な質問かもしれませんが、疑似体験には、かえって誤解を生んでしまうリスクもあるように感じています。体験することで『分かったつもり』になってしまい、その結果として、むしろ分断が強まってしまう可能性もあるのではないでしょうか。その点について、どのようにお考えになっているのか、あるいは研究や展示の設計において何か意識されている対策があれば、ぜひ教えていただければと思います」。

池上氏:「今回の『みんなの脳世界』で多くの人に疑似体験していただいた結果からは、乳児と触れ合って実際に泣き止ませられたことにより不安が解消されたり、達成感や安心感を味わうことができたりといった変化は見られています。その一方で、実際にやってみて大変だったという感想もありました。その視点では、不安の増加という変化があった人もいました。ただし、そうした不安などが逆に子育て世代への共感を生むという変化も見られることもあり、さまざまな変化が見られたという感想を持っています」。

中谷氏:「疑似体験によるリスクについて、少し言及します。池上君の実験では、もともとあまり子どもが好きではない、拒否感情がある人が体験した結果、ネガティブな感情は変わらなかったというケースがありました。つまり、ネガティブな感情が体験によって増幅されることはないが、もともと持っていたある種の不気味さや怖さはそのままだったというケースです。赤ちゃんがどのような挙動をするか分からないところが怖さに繋がっているのかと思いますが、ネガティブな感情にも理由があるので、なぜネガティブなのか分かればそこを解消するための方法も考えることができます。今は、そこを考えて取り組んでいます」。

石戸:「中谷先生は、完璧さを追求することよりも、まずは多くの方に体験してもらうこと、その普及や啓蒙を重視しているとお話しされていたかと思います。そのお考えを踏まえて、このVR体験を、今後どのような場面や文脈で活用していきたいとお考えでしょうか」。

中谷氏:「全国には例えば児童館などのように、地域の子育て支援拠点があります。そこでは乳児との触れ合い体験を事業として実践しているところがありますが、多くは実際の赤ちゃんを中学校に連れていくなどして、中学生にリアルな赤ちゃんとの触れ合いを体験してもらうといった取り組みです。コストがかかるうえに、赤ちゃんを提供してくれるお母さんやお父さんを見つけないとなりませんので、とてもハードルが高いと聞いています。そこで、小学校や中学校などでVR体験による保育を体験できるようにしていけたら良いと考えています。地域と連携して、小・中学校の児童・生徒にVR体験を広げていきたいと考えているところです」。

石戸:「確かに近年、子育てや保育、育児といった営みが、『家庭の中で何とかするもの』として語られがちになっているように感じます。そうした状況の中で、子育てを再び社会全体の営みとして位置づけ直していくためには、これまでのご研究や実践を踏まえて、どのような要素が必要だとお考えでしょうか」。

中谷氏:「多方面にアプローチすることが必要だと思っています。少子化で物理的に子どもと触れ合う機会が少ないのは仕方ないと思っているのですが、街中で乳児を含めて全く子どもに出会う機会がないのかというと、じつはそんなことはありません。電車の中で乳児を抱えた保護者に出会ったり、歩いている途中に公園で小さな子どもが遊んでいるところに出会ったりする機会はあるはずです。あるはずなのですが、共働きで忙しく働いていたりするとどうしてもそういったシーンに目がいかないこともあるので、そこに関心を向けられるような仕掛けが色々なところにあれば良いのではないかと思っています。そのひとつが今回の取り組みで、少しでも多くの人たちに保育、育児、子育てなどに触れていただき、それを知っていただく機会を作っていくための道具立てが、我々にできることではないかと思います」。

蓄積された経験や知識を変換し
目にしやすい形で見せていくことが必要

石戸:「私たちも、テクノロジーを活用しながら、ニューロダイバーシティ社会をどのように実現していけるのかにチャレンジしたいと考え、『みんなの脳世界』のような展示に取り組んでいます。保育や子育て、育児などを、閉ざされた個人的な営みではなく、社会全体で共有される取り組みとしていくためには、テクノロジーの活用が重要な役割を果たすと認識しています。VR以外にも、子育てやケアを社会にひらいていくためのテクノロジー的なアプローチには、どのような可能性があるとお考えでしょうか」。

中谷氏:「色々な実践を行ってきた中で、赤ちゃん、乳児とどういった関わり方をしていけば良いのか、そのノウハウが蓄積されてきています。それらをどのような形で広く発信できるのか、そんな機会を提供するにはさまざまな方法があると思っています。最近ではAIも活用できるので、そういった最新技術も活用して実際に携わっている人の経験や知識をVRだけではなくて色々な形に変換して、みんなが分かりやすい形、読みやすい形、目にしやすい形で見せていくことがまずは必要ではないかと考えています」。

石戸:「先生のお話を伺っている中で、まずは関心を持ってもらうこと、知ってもらうこと、そのために何ができるのかという点に、丁寧に向き合っていらっしゃるのだと強く感じました。

私たちは、ニューロダイバーシティ社会の実現を目指して取り組んでいます。そうした視点も踏まえながら、最後にぜひお伺いしたいと思います。中谷先生、久松さん、池上さんそれぞれが、『未来の社会はこうあってほしい』と描いている姿はどのようなものか、そしてその実現に向けて、ご自身はどのような研究に取り組んでいきたいと考えているのか、一言ずつお聞かせいただけますでしょうか」。

久松氏:「私自身、この研究に取り組む以前には赤ちゃんに関わったことがほとんどなく、関わるのは不安だという思いが強くありました。それが、実際に研究を通して触れ合う機会が増えていくと、色々なことを考えるようになっていったのです。最も大きな変化として自分で感じたのは『無償の愛』というもの、その存在を強く思うようになったことです。

そうした経験から、少しでも多くの人たちが赤ちゃんに対して優しい気持ちになれたり、赤ちゃんに限らず子どもが生きやすいような社会を考えたり、そうしたムーブメントが起きるような社会全体を巻き込めるような未来を実現できたら素晴らしいと思っています」。

池上氏:「自分も研究に取り組んでいく中で、実際に乳児と触れ合う経験が増えたり、実際に子育て支援拠点に行くことが増えたりしていきました。その中で、やはり『可愛いな』という気持ちが日増しに強くなっていくのを感じました。赤ちゃんと触れ合った後は、電車の中の子どもや街中でもふとベビーカーなどに目が行くようになりました。子どもが生きやすい社会になるように、若者全員が関心を持っていけるようになったらより良い社会になるのではないかと考えています」。

中谷氏:「育児も介護もそうですが多様な人がいらっしゃって、そんな多様な人たちとの関わり合い、本当にさまざまな経験をされている方々がいらっしゃいます。それが、まずは現実としてあること、それをきちんと知って理解すること、それが大事だと思っています。

その上で、我々にできることは何か。その『知る機会』を作るということではないかと思います。知る機会を作り、知識や経験を集めて共有し、そこからどうしたらより楽しい生活が送れるだろうか、どうしたらみんながよりハッピーになれるだろうかという課題を解決する新しい知見、仕組みなどを作り出していくところまでを最終的には目指したいと思って取り組んでいます。

その意味においても今回、『みんなの脳世界』に出展させていただき、とても良い機会をいただけたと思っています。来場していただいた多くの方々と具体的なお話もできました。そこからアイデアも生まれてきますし、より良い社会を作っていくひとつのきっかけにもなっていくと思っています」。

石戸:「『みんなの脳世界』には、自分が見て感じている世界と、隣にいるあの人が見て感じている世界は、実は違っているということを、テクノロジーを通じて実際に体験し、知ってもらうという狙いもあります。そうした『みんなの脳世界』のコンセプトと、中谷先生のチームの研究はとても親和性が高いと感じながら、本日のお話を伺っていました。まずは、少しでも多くの方々に関心を持ってもらえる社会を作っていくこと。そのための取り組みを、これからもぜひご一緒できたらと思っています。本日は貴重なお話をありがとうございました」。