子どもたちの「見えないSOS」を科学で捉える
スクリーニングが変える学校と支援のかたち
2026年4月17日
B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは、2025年の「みんなの脳世界」に初めて出展した大阪公立大学 現代システム科学研究科 教授 山野 則子氏(▲写真1▲)の取り組みです。山野則子研究室では、虐待やいじめ、貧困など表面化しにくい子どもたちの問題の早期発見・早期対応を目的とした「スクリーニング」を研究しています。そんな山野氏の研究について、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真2▲)がお聞きしました。


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子どもが出している「小さなサイン」を
科学的にキャッチするスクリーニング
石戸:「山野先生には2025年の『みんなの脳世界』に初めて出展いただきました。まずは出展内容をご紹介ください」。
山野氏:「子どもを見守る目と手を増やす『YOSS(Youngsters’ Obstacle Screening System)』を出展しました。これは『すべての子どもたちを取り残すことのない世界』『保護者や子どもが満足できる生活』を目指し、必要なケアを提供することを目的としたものです。
会場では、子どもたちのモヤモヤしている思いを付箋に書き出してもらったり、知っている『子どもの居場所』にシールを貼ってもらったりといったワークを体験してもらいました。(▲写真3▲/▲写真4▲)
楽しく参加してもらえたようで、こちらが思っていた以上に子どもや保護者の声を聞くことができたのは大きな収穫でした」。


石戸:「今回のご出展内容は、山野先生が日頃取り組まれている研究とも深く結びついていると感じました。ぜひ、先生の日頃取り組まれている研究テーマについてもお聞かせいただけますでしょうか」。
山野氏:「私は、『誰一人のこどもを取り残さない』という視点でスクリーニングの研究をしています。スクリーニングとは全員の子どもたちを確認していくことで、リスクを抱えている可能性のある子どもを未然に抽出し、適切な対応を早期に行えるようにすることです。(▲写真5▲)

子どもたちの状態を正確に把握することは、なかなか難しいものです。というのも、子どもたちが『しんどい』と声をあげにくいと感じていたり、保護者も『このようなことを先生に相談しても良いのか』と二の足を踏んでいたりするからです。子どもたちも保護者も、ちょっとした困りごとを言いだせない、表に出せないというのが現状です。
しかし、子どもたちは必ずどこかでサインを出しています。例えば『発言が減った』、『急に成績が落ちた』、『忘れ物が増えた』などは、いずれも子どもからのサインです。このサインをこちらからキャッチして『大丈夫?』と声をかけていくのがスクリーニングです。
スクリーニングにはクラウドで管理している専用のスクリーニングシートを使います。全教員が参加するスクリーニング会議を開き、スクリーニングシートから気になる項目をピックアップし、そこから『この子は手当が必要』、『声をかけたほうが良いのでは』といったかたちで、子どもたちへの対応を丁寧に検討していきます。発見から支援までをスクリーニングシステムと呼んでいます。

注)この方法すべてに特許を、YOSS🄬にも商標を、得ています。活用に関しては必ずご相談下さい。
一つご理解いただきたいのが、スクリーニングは子どもや家族に『レッテルを貼る』ことではないということです。むしろ保護者からは『ここまで丁寧に見てくれているのか』、『学校の先生はここまで子どものことを気にかけてくれているのか』とポジティブな反応が得られています。
学校の先生は非常に多忙なので、つい『ものすごく成績が優秀』か『ものすごく課題のある』子どもに注目が向いてしまいがちです。そうした子どもについては、保護者にも連絡をします。一方でその中間にいる、いわゆる『普通』と言われる子どもたちの変化には気づきにくく、そこからいじめや事件につながることもあります。報道で『なぜもっと早く見つけられなかったのか』と指摘されることもありますが、学校の現状を見ると早期に気づくのは難しいのが実情なのです。
そこで、科学的なエビデンスに基づいて構築されたスクリーニングシートを活用して気になる子どもを拾い上げ、声をかける仕組みを作っています。また、今はNPOや地域の活動が活発化しており、学習支援や子ども食堂といった地域資源が生まれています。しかし必要な子どもに必要な資源がつながってないです。このハブになるのがYOSSで、社会資源やその活用方法の紹介をしています。
子どもたちの課題を先生だけで解決しようとすると、どうしても担任の先生が一人で対応せざるを得なくなり、結果として手助けを必要としている子どもに手が差し伸べられない事態に陥ってしまうことも少なくありません。そこで、クラウドYOSSによって、スクリーニングの取り組みに対する評価データの蓄積やAIを活用しながら最適な地域資源を提案するだけでなく、チーム学校や地域との連携した仕組みづくりとなります」。
新規不登校が「ゼロ」に
データが証明するスクリーニングの効果
山野氏:「次にスクリーニングによって子どもたちの状態を把握し、手助けを必要としている子どもを見つけだして適切に手を差し伸べたことによる具体的な効果を紹介します。ある自治体では『遅刻・早退』が70%、保健室来室が60%も好転しました。また、いじめなどの友人関係の問題が好転したケースが50%、諸費滞納も84%好転しています。さらに不登校や長期欠席も3分の1に減少しました。(▲写真7▲)

成果が見られたのは子どもたちだけではありません。学校にも良い影響が出ています。スクリーニング会議を取り入れた学校では、特に校長のスタンスに大きな変化が見られました。スクリーニングの活用以前、『会議において児童への対応について具体的に決定する』と回答した校長は、わずか6.3%に過ぎませんでした。それが、活用後は52.9%と大幅に増加しています。(▲写真8/右側の調査結果▲)

スクリーニングを活用することで、何か事件が起きてから『えっ』となるのではなく、事前に先生が子どもたちの状況を把握し、さまざまな支援をつなぎながら、具体的な対応を決定できるようになったのです。これが遅刻や保健室来室の改善につながっています。
スクリーニングは、科学的エビデンスに基づくシートを用いることで、すべての先生が同じ目線を持ってチェックできるようにしたものであり、特別に負担が増えるわけではありません。むしろ毎月チェックしている学校のほうが先生の負担が減っていることが分かっています。最低でも学期に一度チェックするだけでも変化は見られるはずです。(▲写真9/右側の調査結果▲)。

また、学校では、いわゆる『学級王国』(担任によるクラス運営が、周囲からの干渉を受けずに閉鎖的な環境で実施されている状態)となることもあり、担任をしていないクラスの子どもについては発言しにくいといったことがあります。スクリーニングをすることで、そうした状況が改善する傾向が見られます。『会議の場で、自分が受け持つ担任以外の児童生徒について意見を言う程度』は2倍近くに増加しています。(▲写真8/左側の調査結果▲)
さらに、『複雑な家族構成の中で暮らしている児童を気にかける』割合も養護教諭では3倍近くに増加しています。スクリーニングを実施することで、先生の目線が変化し、統一性ができているのも成果の一つです」。(▲写真9/左側の調査結果▲)
スクリーニングを理解し実践できる人材を
学校現場に増やすための講座も開設
山野氏:「こうしたYOSSスクリーニングシステムをクラウド化し、そこにはサポートもついています。このYOSSサポートを使うと、自治体は必要な支援や利用できるサービスを丁寧に提案してもらえます。そのため、YOSSサポートを利用した自治体では、児童生徒が『嫌なことや悩んでいるときの相談相手』が10倍に増加したほか、暴力行為発生割合が3分の1に減少、支援制度の利用状況(就学援助)は1.6倍に増加しています。(▲写真10▲)

YOSSサポートを使うと必要な支援やサービスにつながるスクリーニングシステムを丁寧に提案する、ため、サポートの有無によって結果に違いが出ることがよく分かります。単にスクリーニングのデータを使うだけでなく、価値や理念、サポートの意味を理解した上でスクリーニングを実行すると、リスクを抱えている可能性のある子どもの早期発見と適切な対応に、より効果があるといえるでしょう。
こういったサポートはスクールソーシャルワーカーの仕事ではないかという意見もあります。しかし、文科省として調査した4000校あまりのうち、半分近くの学校ではスクールソーシャルワーカーの配置頻度が2ヶ月に一度以下でした。(▲写真11▲)

これでは丁寧に支援したくてもできず、どうしても取りこぼしが発生してしまいます。そのような状況下でスクリーニングを使うことは非常に有効だと考えています。スクールソーシャルワーカーが不要ということではなく、まずは何もしない状態が続くのではなく、実行できる対応や支援を子どもたちに届けたいという思いで始めたのがスクリーニングです。
別のスクリーニング結果を見てみましょう。スクリーニングを実施している学校ほど、不登校が好転している結果が出ています。子どもをピックアップする『スクリーニング会議』と、ピックアップされた子どもへの対応を決める『チーム会議』の二段階で対処することで確実な効果を期待できます。就学援助についても同様で、スクリーニング会議やチーム会議を実施しているほうが結果につながっています(▲写真12)。

さらに、私たちの研究室では、スクリーニングを理解し実践できる人材を増やしたいという願いから『YOSSマイスター養成講座』を開いています。YOSSというシステムだけを用意しても学校は動きません。システムを機能させ、活用する人材が必要ということで、人材養成講座を実施しており、現在180名が参加しています。
YOSSマイスター養成講座の成果ですが、受講してマイスターとなった教職員が4名在籍している学校では新規不登校がゼロになりました。不登校は止まることなく増え続けるのが全国傾向ですが、YOSSを取り入れてからはピタッと止まっています。また、保健室来室も1学期は70名だったのが、3学期には5名にまで減少しました。(▲写真13▲)

どうしてこのような効果が出るのか、その詳細はYOSSマイスター講座を是非受講してほしいです。
ソーシャルワークや児童相談の専門家でなくても、当たり前に子どもたちが『しんどい』と言うことができ、当たり前に愛着が満たされていく世界を作ることは十分可能です。そのために多くの時間を使う必要はありません。全教員で全児童生徒を対象にしているので、YOSSで決定する、ちょっとしたことで、子どもたちを取り巻く世界を変えていくことができるのです」。
デジタルマップで子ども食堂や
「子どもの居場所」を可視化する取り組みも
山野氏:「その他の活動についても紹介します。大阪府ではスマートシティの一環でデジタルマップを作っていますが、そこに『こどもつながるマップ』を作っていただきました。
学区内のどこに子ども食堂があるのか、どこに居場所があるのかを知らない先生は多いですし、スクールソーシャルワーカーも学区内のことを詳しく知っているとは限りません。このマップを活用することで、専門的なスキルを持つスクールソーシャルワーカーが中心となり、児童生徒により最適なアプローチを行うことが可能になります。
このマップは現時点では大阪府だけですが、これをYOSSクラウドに取り入れ、全国どの自治体でもサービスが受けられるようにシステム改修を進めています。
また、2025年8月に本学で『日本学校ソーシャルワーク学会in大阪』が開催されました。私たちの出展ブースは列ができるほどの大盛況で、来場者からは『刺激を受けて興奮し、眠れなくなった』という声もいただきました。このような学際的なアプローチで活動を知ってもらうことは非常に大事だと実感しました。(▲写真14▲)

さらに映画化の話も出ています。世界で17もの賞を受賞したドキュメンタリー映画『日本におけるシングルマザーの苦境』のトークショーでYOSSの話をさせてもらったところ、監督のマカヴォイ氏が孤立や不登校、自殺の問題を深刻に受け止めてくださり、『取り残された人々』シリーズの第二作に登場予定となっています。(▲写真15▲)

2026年3月8日には、日本学術会議の公開シンポジウムでYOSSの仕組みを報告しました。このようなかたちでYOSSの取り組みが広く認知され、全国の子どもたちの支援につながることを期待しています。
学校という『固い、昔ながら』の世界に最新の技術を取り入れるのは容易なことではありません。それでもYOSSは大きな耳目を集めています。2025年の『みんなの脳世界』の出展で、感動してくださった保護者の方が、その場で『私の住む区にもYOSSを入れて欲しい』、『こういう取り組みが必要だ』とSNSなどに投稿してくださいました。翌日にはその投稿を見たという学校からヒアリングがあり、非常に驚きました。
これまでは専門家や研究者を相手にすることが多かったYOSSの活動ですが、『みんなの脳世界』に参加し、保護者の意見をたくさん聞けたのは、とても有意義なことだったと感じています」。
スクリーニングで浮かび上がった課題に
チーム学校と地域で対応していく
石戸:「具体的な成果が可視化されている点において、極めて示唆に富む研究であると感じました。
先ほど、不登校が3分の1に減少したとのご説明がありましたが、これは自治体全体における傾向として確認されたものなのでしょうか」。
山野氏:「一つの学校です。もともと非常に不登校が多かったのですね」。
石戸:「不登校が3分の1に減少した背景について、もう少し詳しくお伺いできればと思います。スクリーニングを通じて、どのような課題や兆候が明らかになり、それに対してどのような支援が行われたのでしょうか」。
山野氏:「通常、学校では7日間、欠席が続くとその子どもを気にかけるようになります。気にはかけるのですが、先生は忙しくてすぐに手を打つことができません。そうこうしている間に30日が過ぎてしまうと『不登校』としてカウントされてしまいます。
この7日から30日の間にどのような支援ができるのか、どのようなサポートをするのかがポイントになります。この期間に先生が積極的に子どもに声をかける、あるいは子どもが学校以外に気軽に足を運べる『子どもたちの居場所』やサポートスクールなどの地域資源で学校とは違う世界を見たり、認められる体験をしたりできるようにするといったことが重要です。
じつは、地域資源のような学校以外の居場所に来た子どものほうが、学校に通っている子どもよりも自己効力感が約2倍高くなったという調査結果もあります。つまり、学校と家庭だけではない、第三の場所を持てることは子どもにとって自信の回復、いわば『エネルギーの充電』につながるのです。そこから『学校に行ってみようかな』となるわけです。
何カ月も不登校の状態が続いている子どもには個別の専門ケアが必要です。一方で不登校の初期の兆候が見られる子どもに対しては、7日から30日の間に適切なアプローチができると不登校の傾向が改善していきます」。
石戸:「不登校が3分の1に減少した要因として、兆候段階からの早期介入により、不登校への移行を未然に防ぐことができたと理解いたしました。その一方で、残る3分の2については、すでに不登校が長期化しているケースが多く、本アプローチのみでは対応が難しい側面があると考えてよろしいのでしょうか」。
山野氏:「私の提供しているのは、『スクリーニングシステム』です。すでに重篤な状態になっている子どもたちはすでにスクリーニングされているのです。その一歩手前でアプローチすることで、子どもを苦しめることから未然に防げます。教育センターや不登校の専門機関は順番待ちの状態なので『不登校だから教育センターの公認心理師・臨床心理士・心理相談員などにカウンセリングをしてもらう』といった発想になると、何カ月も待つことになってしまいます。しかし、地域資源のような『子どもたちの居場所』に子どもをつなげることは即時可能です。この差は大きいと思います」。
石戸:「ある調査では、不登校の理由として『感覚過敏』が最も多く挙げられているという結果も見られます。先ほど、第三の居場所につなげるアプローチについてお話がありましたが、もし感覚過敏が原因で学校に困難を感じている子どもがいるのであれば、学校側の環境整備も重要ではないかと感じました。
先生のご研究の中で、学校環境に関する課題や改善点は見えてきているのでしょうか。また、それらに対して、どのような取り組みが進められているのかについてもお聞かせいただけますでしょうか」。
山野氏:「スクリーニング会議で漠然としたまま気になる子どもがピックアップされます。その子どもについて、チーム会議ではスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーも巻き込んで、より詳しく議論を重ねていきます。例えば、そこで『感覚過敏で悩んでいるのではないか』という仮説が浮かべば、そこから子どもの思いに気づき、『学校の部屋を変えよう』という動きにつながるわけです。
先ほどYOSSマイスターを入れてから不登校がゼロになったという話をしました。その学校では、この流れで、書字障害の子どもがいることが分かり、専門家の指導を受けながら適切な支援につなげることができました。
具体的な取り組みとしては、加配(支援が必要な子どもに対して個別に指導員を追加配置)をする、学年ごとに子どもが安心できる居場所を作る、子どもが笑って生き生きと過ごせる時間を作るといったことです。スクリーニングから浮かび上がってきた子どもたちの課題に対し、個別に事例対応するだけでなく、学級や学校単位の環境調整の視点でのメゾアプローチで学校を変えていこうということが決まっています」。
先生や保護者だけで抱え込まず
学校をハブに「支援の風呂敷」を広げる
石戸:「視点を少し変えてお伺いいたします。遅刻や保健室登校、不登校の減少という成果は、極めて重要な意義を持つものと拝察いたしました。その一方で、多様な子どもたちに対して多様な学びの在り方を設計できる時代においては、学校への復帰そのものが唯一のゴールではないとも考えられます。
子どもたちの学びの環境を、学校に閉じず社会全体の中で総合的にデザインするという観点から、先生のスクリーニングシステムはどのようなゴールを想定して設計されているのでしょうか」。
山野氏:「不登校が減ったという結果の中には、必ずしも学校に戻った子どもだけでなく、フリースクールをはじめ、さまざまなかたちで学ぶところに落ち着いた子どもも含まれています。保護者の中には自力でフリースクールを調べて申し込みをされるケースもありますが、多忙な共働き世帯やひとり親家庭など、リソースが限られる中で自力での対応が難しい保護者も少なくありません。まずは、そういった人たちを取りこぼさないよう、世の中にある選択肢を示していくことが重要だと考えています。
私がスクリーニングで目指すのは、家庭だけでなく地域や学校も含めて子どもを支援できるような社会、環境の構築です。家庭や学校だけで問題を抱え込む必要はありません。子どもを主語として考え、子どもが満たされるために必要なサービスや資源が手に入れられるように『支援の風呂敷』を広げることを考えています。
スクリーニングは理想の社会を作るための一つのツールに過ぎませんが、多くの子どもたちが長く時間を過ごすのは学校です。まずは学校でスクリーニングを活用することで、『支援の風呂敷』を広げていけるような突破口を開きたい、そう考えています」。
石戸:「社会全体で子どもたちを支える中で、学校がハブとしての役割を果たしていくということですね。その点に関連して、もう一点お伺いさせてください。
地域資源との接続についてですが、つなげばつなぐほど、地域側の受け皿やキャパシティの不足が課題になる可能性もあると感じています。現状では、この点についてどのような課題が見えてきているのでしょうか」。
山野氏:「おっしゃるとおりです。しかし、今ある地域資源側は、もっと学校に繋がりたい、必要な子どもにつなげたいと思っています。つまり、まずは今ある資源でさえ適切に使えていない課題を解決することを目指しています。例えば、子ども食堂は全国に1万カ所あるのですが、利用している人は大阪で10%、全国では2~3%ほどです。収入が高い家庭でも、経済的に厳しい家庭でも2~3%です。これでは成功しているとは言えません。やはり、経済的に厳しい家庭の子どもたちが適切に使えるようになって初めて成功だと言えるでしょう。
その理由を考えて見ると、子ども食堂の数は増えていても、そこに子どもたちや家庭をつなぐためのツールがないのです。個人情報の関係もあって、子ども食堂を手がけている地域の人たちが自分たちから誘い込むことはできないため、本当に支援が必要な子どもに届いていないのが現状の課題です。
そこですべての子どもに対してスクリーニングを使って支援が必要な子どもと子ども食堂をつないでいくと、『子ども』、『学校』、そして『地域』の三者にとって利益がある『三方良し』の世界が作れます。そのためにも学校がハブになる必要があるわけです」。
石戸:「個人情報に関するお話がありましたが、このような取り組みにはリスクが指摘されることもあるかと思います。例えば、スクリーニングがレッテル貼りにつながるのではないか、早期発見がかえって早期の固定化につながるのではないか、あるいはセンシティブな子どものデータをどのように取り扱うのかといった点です。先ほど『レッテルを貼るものではない』というお話もありましたが、こうした懸念に対して、どのような対策や設計上の工夫をされているのでしょうか」。
山野氏:「スクリーニングでの個人情報を見ることができるのは学校の先生だけです。この個人情報も、先生であれば日頃から把握しているはずの遅刻や忘れ物の情報を見やすく一元化したものに過ぎません。
レッテル貼りについても『あなたは虐待されています』、『いじめられています』といった判定は一切していません。気になることに対して支援を考えるためのフラグを立てているだけなので、それがレッテル貼りにつながらないよう工夫をしています。
実際に学校の先生に話を聞いてみると、今までずっと遅刻していた子どもが今度は忘れ物が多くなったといったかたちで、項目が次々に変わるため『レッテル貼りにはならない』、『むしろ日常そのものを可視化してくれている』という声が多いです」。
石戸:「スクリーニングの仕組みを全国で導入しようとした場合、何が障壁になるとお考えでしょうか」。
山野氏:「大きく3つあります。まず、新しい技術やITの導入、それらへの対応が苦手な学校が少なくないことです。スクリーニングの仕組みを導入するにあたり、学校が抵抗感を示すことが1つめの障壁です。
2つめは予算の問題です。スクリーニングの仕組み自体は低コストで導入できるのですが、その必要性や効果を踏まえ予算化できるかどうかが問題になります。行政組織として導入するため、必要性を理解して予算要求をあげられる指導主事がいないと難しいと思います。
さらに、指導主事や予算を立てる教育委員会の人たちは勤続年数が平均1年未満で、担当者の交代が激しいのです。ノウハウや意義が蓄積されにくいことが3つめの課題です」。
石戸:「学校の抵抗感については、これまでどのように突破してこられたのですか」。
山野氏:「先ほどお話したマイスター養成講座を開くことで内容を理解していただきました。学校内である一人が理解するとそこが突破口となるので、いかにキーパーソンを見つけられるかがポイントです」。
子どもも先生も「ニコニコ」できる場所(※参考)
それが学校の理想像
石戸:「不登校の子どもが増加している現状について、先生はその根本的な要因をどのように捉えていらっしゃいますか」。
山野氏:「報道などでは『不登校が急に伸びた』、『去年より伸びた』といった視点が強調されますが、じつはコロナ禍を境に増加率が5倍近くになっています。
私は厚生労働省の委託を受けて2020年秋に『コロナ後の政策提言』のための調査をしました。その過程で、明らかにストレスを抱えている子どもが約9割、学校へ行きづらいという子どもが約3割いることが分かりました。大人たちはコロナ禍が過去のことであるかのように生活していますが、子どもたちにとってはコロナ禍が与えた打撃が大きかったのです。特に人間関係を作るべき時期に作れなかったことや、経済的に厳しくなった家庭も多いことが尾を引いていると思います」。
石戸:「最後に2つ、お聞かせください。山野先生が考えるこれからの学校の理想像について、もう1つはニューロダイバーシティの視点から私たちがこれからの社会に向けてすべきことについて、ご意見をいただきたいと思います」。
山野氏:「理想とする学校の姿については、ストレスが低く、子どもも先生もニコニコと安心できる学校だと思います。
2つめは難しい質問ですが、ニューロダイバーシティ視点で開催された『みんなの脳世界』には、とても期待をしています。私も出展時にさまざまな助言をいただきました。学校という複雑で多忙な直球の現場とニューロダイバーシティのような客観的かつ多様性を俯瞰的な見方で示す世界を行き来できる人が増えることを期待しつつ、私も引き続き勉強をしていきたいと思っています」。
石戸:「本日のお話を通じて、『みんなの脳世界』を開催してきた意義を改めて強く実感いたしました。先生のご研究・ご実践は、一人ひとりの子どもにとって望ましい環境を実現するための、科学的データに基づく基盤づくりであることが明確に伝わってまいりました。私自身、EdTech領域に携わる立場として、今後もぜひご一緒できる機会をいただけましたら幸いです。本日は貴重なお話を誠にありがとうございました」。
<文献>
山野則子研究室(2021)『令和3年3月、厚生労働行政推進調査事業 コロナ禍における子どもへの影響と支援方策のための横断的研究 保護者調査・子ども調査報告書』
山野則子研究室(2021)『令和2年度文部科学省委託調査スクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーの常勤化に向けた調査研究』
山野則子監修(2024)『スクリーニングYOSS実践ガイド 児童生徒理解とチーム学校の実現に向けて』明石書店
山野則子研究室(2025)『令和6年度文部科学省委託調査 スクールカウンセラー及びスクールソーシャルワーカーの常勤化に向けた調査研究 報告書』
※大阪公立大学スクールソーシャルワーク評価支援研究所(2026)「つなぎびと」https://www.omu.ac.jp/orp/ries-ssw/assets/2026%E5%B9%B4%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8E%E3%81%B3%E3%81%A8.pdf