障がいのあるITエンジニアがフルリモート・フルフレックスで活躍―日揮パラレルテクノロジーズ
2025年11月28日
B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは、障がいの有無に関わらず、すべての人が対等に働ける社会の実現を目指すことをミッションに掲げている日揮パラレルテクノロジーズの取り組みです。多様な雇用にチャレンジし、実績を上げている日揮パラレルテクノロジーズで代表取締役社長を務める阿渡 健太氏(▲写真1▲)に、その取り組みの背景や具体的な内容、今後の展望などについて、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真1▲)がお聞きしました。

障がい者雇用が進まないのは
障がい者個人ではなく企業側の制度に課題がある
石戸:「皆さんこんにちは。ニューロダイバーシティプロジェクト インタビューシリーズ、本日は日揮パラレルテクノロジーズの阿渡 健太(あわたり けんた)さんにお越しいただいています。さっそくですが、日揮パラレルテクノロジーズにおけるニューロダイバーシティに関する取り組みについて、教えていただけますか」。
阿渡氏:「私自身、先天性両上肢障害で生まれ、生まれつき両手に障がいがあります。2005年に現在の日揮ホールディングスに入社し、2021年に日揮パラレルテクノロジーズ(以下、JPT)を設立しました。当初は副社長でしたが、2024年から代表取締役社長に就任しました。
日揮グループは1928年創立の総合エンジニアリング企業で、もうすぐ創業100年を迎えます。エネルギーや化学、環境分野のプラント建設を中心に事業を展開し、機能材や化粧品材料も製造しています。グループ全体で8800人強の従業員がおり、資本金は238億8579万円(2025年3月31日現在)、株式数は2億5948万1819株(2025年3月31日現在)です。最近では、プラント事業以外にも廃食用油から航空機用燃料を作ったり、サバの陸上養殖を行ったりと、さまざまな事業を手がけています。
JPTは2021年の設立から5年目を迎えました。社員数は51名で、うち48名が身体障がい者や発達障がい者です。業務内容は日揮グループ内のIT業務支援を担い、日揮グループ各社からDX推進のためのシステム開発などを受注し、弊社の障がいを持ったITエンジニアが開発しています。
JPTの設立背景を説明します。2017年当時、日揮グループは海外の重要顧客からIT/DX化を推進しないと『取り残されますよ』と言われていました。そこで、ITグランドプランを作成しましたが、日揮グループにはIT人材が不足していました。
そんな中、2019年10月に日揮株式会社が3社に分かれました。その際、もともとは1社で働いていた障がい者も3社に偏在化したのですが、3社のうちの1社である日揮グローバルの業務が海外プラント事業で英語など特別なスキルが必要となることがあり、障がい者を雇用しにくい状況となりました。当時、私は採用担当をしていましたが、障がい者雇用に非常に苦戦しました。最終面接までしても、やはり業務の難しさなどがあって採用に踏み切れないのです。こうした中、これは障がい者に課題があるのではなく、企業側の制度に問題があるのだと考え、2019年頃から抜本的な改革を検討しました。
そこで、障がい者雇用のための特例子会社を2021年1月に設立し、IT人材を雇用することで、もともと日揮グループが抱えていたIT人材不足と、障がい者雇用が進まないという、これら2つの課題を同時に解決しようと考えました。こうした背景で設立されたのがJPTです。(▲写真2▲)

JPTでは非常にユニークな取り組みをしているので、各種メディアに取り上げていただき、直近だとTBSテレビの『news23』でも紹介されています。
JPTについて、少し詳しく説明します。従業員数は当初6名からスタートして、現在51名までになりました。障がい者についての法定雇用率は2.5%ですが、設立当初は2.06%で未達成でした。現在は2.65%で法定雇用率を上回る水準に達しています。
昨年度の売上は1億9000万円で、案件着手数は年間125件です。日揮グループの各社から発注をいただいています。おもにAI関連ソリューションやWebアプリケーションの開発、ノーコード/ローコード開発プラットフォームのPower Platform、仮想空間の開発プラットフォームであるUnityを活用した開発という4分野を手がけています。(▲写真3▲)

従業員構成では、精神発達障がいの人は88%、身体に障がいのある人が6%、健常者が6%です。年齢は30代が63%、次いで20代、40代という構成です。完全フルリモートで実際のオフィスはなく、全国各地から採用した従業員がフルリモートで仕事をしています。主に、東京、神奈川、大阪、大都市中心に社員がいて、東北だと宮城県、日本海側だと石川県、富山県、岐阜県にもいますし、九州にも社員がいるという状況です。(▲写真4▲)

「1人1業務」体制で
重要度は高いが緊急ではない仕事を担当する
JPTでは、従業員の能力を発揮させるために特徴的な働き方の体制・制度を整えています。それが、『1人1業務体制』です。(▲写真5▲)

JPTを会社として設立する前にインターンシップ制度を導入し、働き方の実験をしました。その時は1つのIT業務を複数人のチームで請け負っていましたが、人間関係の摩擦やいざこざが起きてしまい、なかなか思うように業務が進まないことがありました。そこで、1人で1つの仕事をこなしてもらったほうが安定するのではないかという仮説のもと、検証してみるとうまくいきました。現在もこの1人1業務体制を取っています。今は社員が51名いますので常に51個のプロジェクトが動いているイメージです。
1人1業務体制を支えているのが、『3つの要素』です。1つめの要素が『重要だけど緊急ではない』仕事をいただいているということ。例えば、日揮グループの海外プラント事業では、納期が非常に大切です。1日でも遅れると何億円も損を被ります。そのため日々の業務に追われてしまい、IT/DX化に手が付けられない状況です。つまり、『いつか取り組みたいけれども、なかなか着手できない』、『重要だけれども緊急ではない』領域の仕事が存在しているのです。それを、我々が手伝うかたちです。原則として『納期がない仕事』で、弊社の従業員は納期のプレッシャーを感じずに、自分のペースで仕事ができる状態を確保しています。
2つめが、『フルリモート・フルフレックス』です。いつ働いてもどこで働いても良いのです。基本的には在宅ですが、人によってはカフェや図書館など、自分がもっとも能力を発揮できる場所を自分で探し、働く時間帯も朝型や夜型など最も成果を出しやすい時間帯を選択しています。自分がもっとも能力を発揮できる環境を『自分で選択してください』としています。
3つめがコミュニケーションです。基本的にテキストベースでのコミュニケーションをメインとしています。打ち合わせはオンラインでもしますが、1回の打ち合わせだけでは理解できないという人もいますので、基本はテキストで指示を出しています。こうすることで、後になってから『言った、言わない』という間違いを防げますし、記録として残るので何回でも見返せます。また、個人面談も希望制で実施しています。
次にJPTの特徴的な事業スキームについて説明します。(▲写真6▲)

JPTでは、期初に事業を運営するために必要な費用(従業員の人件費)を日揮グループ各社の人事部門に請求し、一括で支払っていただいています。つまり、期初にその年の事業経営に必要な資金を得ているのです。JPTでは日揮グループ各社から、IT化やDX化の案件を請け負っていますが、その割合に応じてグループ各社に人件費を請求しているのです。
弊社の顧客となる各社の事業部門は、弊社に対して実際に『重要だけど緊急ではない』案件を依頼します。ある業務について『ITで効率化できないか』、『AIで分析できないか』といった内容です。ポイントは各社の事業部門は、こうした開発案件を使い費用負担なく弊社に依頼できます。各社の人事部門が、あらかじめ期初に弊社への発注費用を人件費のかたちで払っているためです。そして、弊社はいただいた仕事に対してITエンジニアがシステムなどを開発し、価値を提供するという事業スキームを構築しています。
JPTが担っている機能・役割は、各事業部門が抱えている『重要だけど緊急ではない仕事』への対応です。これは大企業にはニーズがある仕事だと思っています。(▲写真7▲)

実際に手がけた案件数は2024年度で125件です。業務内容には主に3つの柱がありまして、AI/機械学習、集計の仕事、Webアプリケーション、3Dモデル開発です。(▲写真8▲)

AI/機械学習の領域では、例えば陸上で養殖した魚が出荷適正サイズにまで育ったかどうかをAIで自動推定・判定する仕組みの構築、Webアプリケーションでは出退勤管理アプリや、PDFでハイライトした部分を抽出するアプリなど、既存システムの刷新から”こんなのあったらいいのに”の実現まで小規模かつ多様なアプリケーションの開発を手がけています。メタバースでは、仮想空間上で研修を実施したり、全国各地にある就労移行支援事業所と一緒にイベントを開催したり、横浜市のごみ分別に対応したゴミ分別ゲームを作成するなどしています。
1人1業務体制ですので、顧客と仕事を担当する弊社のITエンジニアの間にプロジェクトマネージャーが入るという新しい体制です。最近は社員が増えてきて『もっと大きな仕事をしたい』、『もっとハイスキルな仕事をしたい』という声も聞かれます。そこでチーム開発にも少しずつ着手し始めています。(▲写真9▲)

「いい人」と「いい仕事」をすることで
「大きな価値」が生み出される
障がい者雇用における理想の関係について弊社の考えをご紹介します。『いい人』と『いい仕事』があることによって大きな価値が出せると考えています。(▲写真10▲)

まず、『いい人』の定義とは、弊社の従業員とそれをサポートするプロジェクトマネージャーが作り出す状態のことです。特に自己管理をして健康な状態で仕事に取り組んでいて、自分が得意なこと、苦手なことを理解して言語化できていること、会社のルールを守れる規律遵守、進化が早いITの仕事をしているので新しい技術を楽しく習得できる技術向上、JPTに対する愛着、ミッションの共感を大切できる文化醸成、これらが『いい人』の定義です。
『いい仕事』とは、顧客に歩み寄ってもらうことで、選別できる状態のことです。顧客の理解も重要で、要件定義としては、JPT社員が何を期待されているかがわかっていることが重要になります。基盤構築では、安心して業務に取り組めること。そして、何よりも相思相愛であることが大切です。IT人材が少ないことでJPT社員を歓迎してくれていること、一方で、JPTも長期間、この部門に貢献したいと思っていることが大切です。
採用状況は、設立当初、6名雇用して、その後、1年で年間12〜14名を採用し、現在51名です。採用活動は、年2回、4月と10月に行っています。全国展開しているIT特化型の就労移行支援事業所を中心に採用しています。採用倍率は、当初は1~2倍でしたが、現在は6~7倍まで上がってきており、競争率は高くなっています。(▲写真11▲)

弊社の特徴として、インターンシップを4週間行っています。全てオンライン上でやっているのですが、我々から課題を提供して1ヶ月間取り組んでもらい、技術力を確認しています。その時点では、誰が何の障がいを持っているかは開示しなくていいので、あくまでITの技術力だけを確認しています。
最終面接に進んだ段階で初めて『障がいの種類』、『障がい等級』、『苦手なことは何か』、『得意なことは何か』などを開示していただき、最終的に内定から入社という流れとなっています。
インターンシップでは、業務で紹介した中のAI/機械学習とWebアプリケーションの2つのコースを設けています。(▲写真12▲)

インターンについての注意事項もいくつか設定しています。(▲写真13▲)

上限を100時間とし、その限られた時間の中で難しい課題に取り組んでもらうことで、自分で予定を立て優先順位をつけ取り組む力を見ています。実際にJPTに入社して顧客と仕事していく時に同じような状況になります。納期はないのですが、ある程度、自分でスケジュールを立てて進めていかないといけませんので、そういった自分でスケジュール立て優先順位をつけて進めていく力があるかどうかを確認しています。
宣伝ですが、弊社は公式noteとInstagramをやっていますので、もし気になる人はぜひ見ていただけると嬉しいです。以上です。ご清聴ありがとうございました」。(▲写真14▲)

JPTの取り組みを日揮グループ全体に「逆輸入」して
広く浸透させていきたい
石戸:「ありがとうございます。非常に先駆的な取り組みをなさっており、多くの企業にとっても大いに参考となる新しい働き方の提示であると感じました。
いくつか質問をさせていただきます。冒頭で、障がい者雇用における課題として『最終面接でリスクがあるという声が上がってしまうために採用が進まない』というお話がありました。そこには、企業側の姿勢や意識の問題があるのではないかというご指摘もありました。
そこで伺いたいのですが、具体的にこれまで社内でどのようなリスクが指摘されてきたのでしょうか。また、それらは障がいのある方個人に内在するリスクというより、むしろ組織の側に起因する課題であるとすれば、その改善に向けてどのような工夫や取り組みを行われたのかについてもお聞かせください」。
阿渡氏:「一言で言えば、日揮は大きな組織で非常に手厚いセーフティーネットが整備されています。そのセーフティーネットそのものがネックとなっていました。日揮の場合、病気などで休職すると手厚いセーフティーネットがあるがゆえに数年間給料が支給され続けます。社員にとってはありがたい制度ですが、障がいを持っている方々をいざ雇用する場合には、そこが面接する側、役員側、会社側の人間からすると”リスク”に感じられてしまったのです。『この人は、休職する可能性があるよね』、『数年間、働かないでお金を出し続ける可能性もあるよね』と捉えられてしまい、それはリスクだからやめようとなるのです。ダイバーシティ&インクルージョンを進めたいって言っているわりには、自分たちのその制度が首を絞めていると我々採用担当は思っていました」。
石戸:「そうした課題を解消するために、『そうならない働き方』をあらかじめ用意するという趣旨なのだと理解しました。お話を伺っていると、フルリモートの導入やオンラインツールの活用によってコミュニケーションの齟齬を防ぎ、1人が1つの仕事に集中できるようにしたり、納期がない仕事にしたりと、さまざまな工夫を凝らしながら、一人ひとりが自分らしく、かつ長期的に働ける仕組みを構築されていることがよく伝わってきました。そのうえで、こうした全体的な仕組みづくり以外にも、例えば障がいのある方の上司や同僚に対する研修・サポート体制、また個々の特性に応じた業務分担など、長期的に誰もが働きやすい環境を実現するために取り組まれていることがあれば、ぜひお聞かせください」。
阿渡氏:「いくつかやっています。例えば、日揮グループ全体の社内イベントがあった際には当然、弊社も参加して実際に障がいを持った社員に登壇してもらい障がいについて話をし、健常者に対して認知してもらうことをやっています。これをやると『なんか普通だね』、『意外と働けるんだね』、『むしろすごいね』と言われることが多くあります。みんな知らないだけですので、そういう認知活動はいくつか行っています。
あとは、実際に仕事をする顧客に対してですが、弊社のITエンジニアと顧客が二人三脚で仕事をしていくので、その時に障がい者の得意不得意を開示するのです。例えば、『私はテキストベースで仕事がしたいです』、『オンラインでは発言できませんので、テキストでお願いします』、『朝がちょっと苦手なので、昼以降の打ち合わせでお願いします』など、自分の得意不得意をあらかじめ提示することによって顧客の理解を得てもらっています。長期的な目線で言うと、障がい者を雇うためにJPTを作ったのですが、私は最終的にJPTの制度を日揮本社に『逆輸入』して、JPTで働いている障がい者が本社に散らばっていき、みんながそこで活躍できるようになればいいと思っています。まだまだ先は長いのですが、全社イベントでの活動などを通じて認知させ、JPTから本社への逆輸入できたらいいと思っています」。
石戸:「どのような人であっても、それぞれに合った働き方ができる環境は、個人にとっても企業にとってもパフォーマンス向上につながる可能性があると感じています。一方、日本には法定雇用率や障がい者雇用枠といった制度が整備されており、これは国際的に見ても独特な仕組みだと聞きます。こうした制度は働く方々に安心感を与える一方で、一般雇用との線引きを生む要因になっているという声もあります。実際、特に精神・発達障害のある方々の中には、『障がい者手帳を取得したほうがよいのか』『障がい者雇用枠で働くべきか、それとも一般雇用で働くべきか』と迷われている方も少なくありません。もちろん個々の状況によるところは大きいと思いますが、現実的にそうした悩みを抱えている方がいらっしゃることも伺っています。そのような状況を踏まえ、御社としてこれらの制度をどのように捉えていらっしゃるのか、そして今後どのようにあるべきとお考えなのか、ご意見をお聞かせいただけますでしょうか」。
阿渡氏:「私個人は、障がい者雇用率はいらないと思っています。ただ、社会がうまく成り立っていくために、こういった数字目標を立てて一定の障がい者を雇用させる意図は理解しているつもりです。弊社も障がい者雇用率にもともと問題があったことから作った会社です。まずはそこの数字を達成しようと5年間やってきて、今そこは達成できています。障がい者雇用率は来年2.7パーセントに上がるので、またさらに雇わなければいけません。逆に言うと、人を雇って自分たちのやりたいことができるという発想で利用しようという考えです。障がい者雇用率は社会的責任として果たしていかなければなりませんので、この枠を使ってもっと面白いことができないかという発想で楽しんでやっているという感覚です」。
石戸:「今ある制度をうまく活用しながら、自分たちが思い描く社会の実現に近づけていきたいという強い思いを感じました。
もう一点お伺いしたいのですが、先ほど『リスクとは何を指しているのか』という質問をさせていただいた際に、セーフティーネットそのものが場合によってはリスクを生み出す、つまり『働かなくてもお金を払い続けなければならない』という重荷を組織に与えてしまう可能性がある、というご指摘があったかと思います。
一方で、海外ではニューロダイバーシティが注目され始めたきっかけの一つとして、ハーバード・ビジネス・レビューが発表した『多様なニューロダイバージェントを含むチームは生産性が30%向上する』というデータがあります。私自身、企業全体として多様な人材が働ける環境を整えることは、生産性やイノベーションの促進につながると考えており、それを示していくことも大事だと思っています。
そうした観点から、御社において実際に本社との関係性の中で変化したこと、あるいは先ほどお話にあったように制度を本社へ『逆輸入』する際にプラスに働いた点などがあれば、ぜひお聞かせください」。
阿渡氏:「そこはまだ道半ばです。一緒に仕事をして5年目になりますので、JPTの捉え方が変わってきたと思っています。最初は障がい者雇用をしている会社だったのですが、今は優秀なIT集団の位置付けになってきていて、障がい者としては見られていないのです。ITの困りごとに関して、JPTに依頼すれば何とかなる、という形になってきたので、そこは時間をかけて努力してきた結果だと思っています」。
石戸:「一人ひとりの強みを生かした環境づくりを進めることで、結果的に『専門性の高い集団』として評価され、最終的には処遇の向上にもつながっていく。つまり、会社全体にとっても、働く個人にとっても好循環が生まれているということですね。実際に、そうした方向で成果が現れ始めているという理解でよろしいでしょうか」。
阿渡氏:「そうです。成果が出て実際に給料も上げています。顧客から認められ、高スキルな人も入ってきているので、そこに対応するために、2025年10月から人事制度を改訂しました。顧客から喜ばれていますし、弊社の社員もやりがいを持ってできている状態が作れていると感じています」。
石戸:「先ほど、給与アップややりがいについてのお話がありましたが、加えてお伺いしたいのは、それぞれの方の長期的なキャリア形成やスキルアップの仕組みについてです。
先ほど『納期のない仕事』というお話がありましたが、そのような働き方を取り入れる場合、従来とは異なる評価の仕方が求められると思います。実際に、どのような評価制度が導入されているのか、そして個々のキャリアアップをどのように支援されているのか。一人ひとりの強みを生かす『強み発揮型のキャリア支援』のあり方について、ぜひご意見をお聞かせください」。
阿渡氏:「会社が急加速的に大きくなったので、制度が追いついていないのが正直なところです。先ほど言った通り、社員数が増え、さまざまなグラデーションのある社員が増えてきましたので、そこに対してのポジションや役割を与えて、やりがいやモチベーションに寄与するよう、今、制度を改訂しているところです。
我々もベンチャー企業といえるでしょうが、やはり、他のITベンチャーと普通に勝負するだけでは負けてしまうところがあるでしょう。ただし、そこに障がい者という要素が掛け算されると、我々の付加価値に繋がると思っています。そこを目指したキャリアアップの仕組みやモデルケースをどんどん作っていきたいと思っています」。
「1人1業務」と合わせて「チーム開発」にも注力し
日揮グループ以外からも受注していく
石戸:「ここまでは主に会社としてのスタンスや取り組みについてお伺いしてきましたが、長期的に個人と会社の双方にとって良い形で働き続けるためには、どのような特性の方であっても、個人として留意すべき点もあるのではないかと思います。
御社では、社員のうち80パーセント以上が精神・発達障害のある方だと伺っています。そうした方々が自分らしく働き続けるために、当事者本人にとって大切な視点や、あらかじめ備えておくべき準備にはどのようなものがあるとお考えでしょうか。また、そのような点について、実際に本人と対話される機会はありますか」。
阿渡氏:「それは非常に大事なポイントです。JPTに入ってくる方は、過去に苦労された方が多いのです。一般就労をしていて、例えば、うつ病になり休職し、会社を辞めて、就労移行支援事業所に通いITを勉強して弊社に来たという方が多いので、『お金を稼ぎたい』ではなく、『しっかり安定的に働き社会に貢献していきたい』という人が多いので、そこを忘れないで欲しいです。
どうして弊社に入ったのかを忘れないで欲しいということは、入社当時にも言いますし、四半期に1回面談していますので、そういう形で初心を忘れないように働いて欲しいと伝えています。そこを忘れてしまうと、我が強くなってしまい自己中心的になってくるケースもでてきてしまいます。会社も成長段階に応じてできること、できないことがあります。今すぐ年収を倍にしてほしいということは無理ですので、『そういうつもりで弊社に入ってきたわけではないよね?』という話はよくしています」。
石戸:「双方に歩み寄る姿勢を持つことが、やはり大切だと思います。そのうえで、離職を防ぎ、長期的に働き続けるために重要な視点とはどのようなものだとお考えでしょうか。また、実際に長く勤めていらっしゃる方々に共通する定着のポイントのようなものがありましたら、ぜひ教えていただけますか」。
阿渡氏:「一言では、自己理解ができている方が長く働けていると思っています。自己理解とは、自分の得意・不得意を理解していることです。働いていると苦手なことや嫌いな場面が出てきます。その場面になった時に、きちんと対処ができる状態になっていることが非常に大事で、まず気づいてそれに対処することができていると定着しやすい。できていないと、そこで崩れて休みがちになったり、急に他責傾向になったりすることがありますので、自己理解は非常に大事だと思っています」。
石戸:「自分自身を理解すると同時に、他者からどのように見られているかを意識しながら、周囲と良好な関係を築き、仕事を円滑に進めていくことはとても重要だと思います。その意味で『自己理解』は大切なテーマですが、社会に出る前、つまり教育やキャリア支援の段階において、どのような支援があれば、より自己理解を深め、周囲と協働しやすい状態を育むことができるとお考えでしょうか」。
阿渡氏:「弊社に入ってくる人たちは就労移行支援事業所から入ってくる方が多いので、まずそういう訓練をされているのです。かつ、前職で苦労されている方が多いので、その時に自分の特性を再認識するというか、自分も苦手な部分に気づくようになります。それまでは、我慢してやっていたけれどもそれが原因で崩れてしまうのですが、気づくことで苦手な部分をどう補っていくかを整理できるようになります。端的に言うと、1回失敗した方が気づくのではないかと思います。多くの健常者は大きな失敗をせずに来ていますので、自己理解をする機会が少ないように感じています」。
石戸:「多様な特性を持つ方々が、これからさらに働きやすく、そして生きやすい社会を築いていくためには、制度、企業、教育、そして社会的意識など、あらゆる観点からの変化が求められていると感じています。そのうえでお伺いしたいのですが、阿渡さんが現時点でお感じになっている課題や展望として、制度や教育の仕組み、企業の在り方など、どのような点に変化が必要だとお考えでしょうか」。
阿渡氏:「当たり前を1回排除した方がいいと思っています。私もこの会社を作る前は日揮本社に勤めていましたが、これまではフルリモートで働いていませんでしたので、通勤が当たり前で、9時に出社して同じ場所で働くのが当たり前という感覚でした。しかし、別に同じ時間に働く必要はないし、同じオフィスにいるからちゃんと働いているわけでもないですよね。それは当たり前ではないという感覚をベースに弊社の制度を作りました。ですので、一旦ゼロベースで考えるというか、当たり前を疑うことが大事だと思います」。
石戸:「私たちもニューロダイバーシティプロジェクトに取り組む中で常に感じているのは、『これまで当たり前とされてきたことは、決してすべての人にとっての当たり前ではなかった』ということです。逆に言えば、私たちがこのプロジェクトを通じて実現したいのは、『未来の新しい当たり前』です。それは、多様な人々への配慮が自然に行き届き、一人ひとりが自分らしく生きやすい社会だと考えています。
その意味で言うと、誰もが自分らしく働ける社会を実現するためには、合理的配慮の考え方が一般企業にも広く浸透していくことが重要だと思いますが、そのような状況を実現するためには、何が必要だとお考えでしょうか」。
阿渡氏:「JPTという箱を使って、こういう会社があるというのを今、広めています。2025年4月からニューロダイバーシティの研究会にいろいろな大企業が入ってきていますが、JPTのやり方、ノウハウを教えてくださいという話をよくいただきます。このように我々の取り組みを伝えることによって、真似しようとする企業が増えれば増えるほど、世界は変わっていくと思っています。
ただ、それだけではまだ足りなくて、我々の取り組みをまずは日揮に逆輸入して、日揮を実績として他の企業も『日揮ができるのだったら、うちもできるよね』というように広がっていくと、うまくいくと思っています。まずは、日揮の本社に認めてもらうところです。しっかり我々が仕事をして、『このやり方でちゃんと成果は出せますよ』と示している段階です。後々、10年ぐらい先になると思うのですが、それぐらいのタイミングで逆輸入し、それで社会に広がっていくようなイメージを持っています」。
石戸:「ぜひ、この取り組みを成功事例として全国へと広げていっていただきたいと思います。
最後にお伺いします。今後、御社としてさらに拡大・展開していきたい取り組みや、新たに挑戦していきたい分野について教えてください。また、JPTとしてのビジョン、そして阿渡さんご自身が社会に対して描いていらっしゃる未来像についても、お聞かせいただければと思います」。
阿渡氏:「まずチーム開発です。これまでは1人1業務でやってきましたが、そこに限界が来ています。これに向いている社員ももちろんいますが、そうではない社員も出てきました。チーム開発ができてくると、より大きな成果が出せると思っています。それによって本社への伝え方も変わってきますし、世の中の伝え方も変わってきますので、チーム開発はもっと力を入れていかないといけません。ただ、さまざまな問題が起きますので、そこを仕組みや制度で解決できるよう、もっと詰めていきたいと思っています。
また、現在、日揮グループ内の仕事だけしかやっていませんので、外の仕事を取っていきたいと思っています。外の仕事は当然、納期が発生します。納期は発生するけれども、そこのプレッシャーをどう緩めて、今まで通り社員にのびのび働いてもらうか。仕組みと制度と契約内容によってできると思っていて、そこを今、会社の経営層がどうやったらできるかをチャレンジしているところですので、少しずつ外に成果の大きさを広げていくことで、ビジョンに繋がっていくと思っています」。
石戸:「多様な認知や特性を生かせる社会の実現に向けて、企業の変化が新たな希望を生み出すのだと思います。
御社の今後のさらなるご活躍と取り組みに大いに期待しております。本日は貴重なお話をありがとうございました」。

