REPORT

目指すのは障がいあるなしに関わらず脳波で自分の身体を思い通りに動かせる世界の実現

2024年11月26日

「みんなの脳世界2024~超多様~」では、ニューロダイバーシティ社会の実現に取り組むさまざまな企業・大学・研究機関の最先端の研究成果に触れることができます。NTT人間情報研究所では、頭の中で身体を動かすイメージをしたときの脳波で自分の身体を自由に動かすことを目指した研究に取り組んでいます。NTT人間情報研究所の伊勢崎隆司氏(▲写真1▲)と小池幸生氏(▲写真1▲)に、「みんなの脳世界」展を推進するB Lab所長の石戸 奈々子(▲写真5▲)が聞きしました。

<Member>

NTT人間情報研究所
伊勢崎隆司、小池幸生

写真1●NTT人間情報研究所の小池幸生氏(左)と伊勢崎隆司氏

脳波で自分の身体を思い通りに動かす
ニューロサイバネティクスによる運動支援

石戸:「NTT人間情報研究所は2023年に続いて2回目の参加です。『みんなの脳世界』での展示内容を含め、最新の研究内容について説明していただけますか」

伊勢崎氏:「私たちは、脳波を活用した『ニューロサイバネティクスによる運動支援』について研究しています。脳情報から、その人がどのように身体を動かそうとしているのか、運動意図を抽出して、それを活用して身体を動かせるようにする運動システムの構築に取り組んでいます。目指しているのは、障がいのあるなしに関わらず、自分の身体を思い通りに動かせる世界の実現です。(▲写真2▲)

写真2●ニューロサイバネティクスによる運動支援

実際に脳情報から運動意図を抽出するときの脳活動の計測方法には2種類あります。1つは侵襲と呼ばれ、脳に電極を埋め込む方法です。もう1つは頭皮の上からキャップのようなものを被って計測する非侵襲の計測方法です。普及が進んでいるのは非侵襲型ですが、私たちでは、手術が必要だが高精度に計測できる侵襲型についても将来性を見込んで研究を進めています。

侵襲型では、脳の表面に電極を置いて脳の電気信号を計測します。人間がどのように身体を動かしたいのかを脳からの電気信号でより詳細に読み取れるのが特徴です。例えば脊髄損傷者など身体を思い通りに動かせないような障がいのある人が、腕を動かせるようになる運動再建技術の実現に向けて研究を進めています。具体的には、人の身体は脳と筋肉が脊髄を通る神経で繋がっていますが、その神経の繋がりを模擬したモデルをデジタル技術で作ることに取り組んでいます。

一方、非侵襲型では、被験者にキャップのようなものを被ってもらい、「右手をぎゅっとする」といった運動をイメージしてもらいます。その脳波を読み取って、「この人は今、右手をぎゅっとしようとしている」という情報をAIで抽出し、その情報で車椅子やデバイスやゲームのキャラクター、アバターなどを操作することにつなげていく研究をしています。非侵襲の脳波でも、現実世界で使えるシーンがあるのではないかという研究もしています。 非侵襲型では、脳波を使ってゲーム操作ができることを体験できるようにもなっています。最近ではコントローラーだけでなく身体を動かしてキャラクターを操作できるゲームがありますが、障がいがあって身体を思い通りに動かせない人でも脳波を使うことで操作できる、もしくは身体を自由に動かせるような人でも、さらに脳波を使うことでこんな操作ができるのではないかという可能性を知っていただきたいと考えています。(▲写真3▲)

写真3●運動時の自発脳波によるゲーム操作

まだ開発中のものですが、画面の中のキャラクターを右手、もしくは左手の運動をイメージすることで左右に動かしながら、前方にある的にボールをぶつけて壊すというゲームを作っています。(▲写真4▲)

写真4●開発中の自発脳波によるゲーム操作の画面

脊髄損傷などで身体を自由に動かせない人も
将来的には脳波で「コップで水を飲む」ことが可能に

石戸:「この研究は、右や左と人が思うと、そちらにキャラクターが動く、つまり、頭の中で念じたことでモノを動かせるようになるということですよね」

伊勢崎氏:「理想としては、そういった機能の実現を目指しています」

石戸:「測定の仕方は難しいと思いますが、完成度、つまりゲームのプレイヤーが自分の思い通りに動かせる感覚の度合いはどのくらいでしょうか?またそれを阻害している要因があるとするとそれは何でしょうか?」

伊勢崎氏:「まだ検討している段階ですが、実現までにはまだハードルがあります。ユーザーに『思った通りに動かせる』と感じてもらうには、精度が高くなければならないので、できる限り精度を高めるように脳波の信号処理の技術の研究開発を進めています。あとは、適応シーンにおいて、多少精度が荒かったとしても、ある程度成立するシーンが必要なのではないかと考えています」

石戸:「脳波でゲームを操作するということですが、うまくできる人とできない人がいると思います。うまく操作するコツはあるのですか」

伊勢崎氏:「昨年実施したイベントで、子どもたちに実際に体験してもらいました。たしかに上手な子どもと、あまり得意ではない子どもがいますね。上手な子どもは、まずしっかりと集中しています。途中で笑ったりすると、脳波にノイズが乗ってしまうことになります。あとは、自分で右や左の運動をイメージしているときに、それがゲームにどう影響を与えているのかを意識しながら、自分なりに適応できるような子どもはうまくできるようです」

石戸:「なかなか難しいですね。ゲームが得意な人、例えばeスポーツの選手などは、すごい集中力を発揮してプレイをしていると思います。そういう人の方がうまく動かせるのでしょうか」

伊勢崎氏:「より詳細に説明すると、集中することは必要です。あわせて、運動のイメージの測定では、脳の右と左にある側頭の運動野の活動の分布を見ます。その分布が綺麗にかつ何回も再現性高く出るかどうかが重要で、これが精度に関わってきます。

運動習慣がある人や過去にそういう運動をしていた人の方が、その分布が綺麗にかつ再現性高く出るかどうか、そこを可能性として考えて調べているところです」

石戸:「先程のゲームのシーンでも考える要素が色々とありました。例えば、右と言われるよりも緑やピンクの色の方が気になるなど別のことに意識が向きましたが、それら別の要素が多いと雑音にならないのでしょうか?」

伊勢崎氏:「色々な環境の情報があると雑音になるので、うまく操作できる子は情報をシャットアウトしているように思います。自分なりに情報を取捨選択することが必要かもしれません」

石戸:「非侵襲型でキャップのようなものを被れば、脳波でモノを動かしたり操作したりできるようになるところまで来ているのかと驚きました。現時点で日常生活の中で応用できる領域、想定されている領域について教えてください」

伊勢崎氏:「まずは、車椅子の操作です。身体を動かすのが不自由な人でも、自分の意思で車椅子を操作することで、行きたいところに行けるようになるというのが1つの目指すゴールです」

石戸:「一方で侵襲型では、現時点でどのようなことを目指しているのですか。あわせて2050年頃を見据えて、どのようなことができるようになることを目指しているのかについても教えてください」。

伊勢崎氏:「非侵襲型では現在、『右か左か』といった粒度でしか測定できないのですが、侵襲型ではもっと詳細に測定できます。例えば、右手の中でも親指や人差し指、 その力加減などについても測定できるようになってきています。将来的には、『コップで水を飲む』といった動作を例えば脊髄損傷で身体を自由に動かせなくなってしまった人でもできるようにする、そういったところが目指しているゴールです。こうした研究については外部の研究機関と連携して進めています」

頭で考えたりイメージしたりしたことが
そのまま相手に伝わる「未来の通信技術」を研究

石戸:「みんなの脳世界では、ニューロダイバーシティをテーマに、例えば発達障がいの人や精神疾患の人などを含め、脳自体の多様性による特性に対して社会全体として、一人ひとりが生きやすい環境をどう作っていくかを考えています。

伊勢崎さんや小池さんが研究を通じて得た知見の中で、ニューロダイバーシティの実現に向けて応用できるものがあれば、ぜひ教えてください」。

伊勢崎氏:「脳波を測定していると、同じような運動をイメージしていても人それぞれに違いがあることがわかります。とても多様だと思います。

その中で、脳波の『どの部分が共通的なものとしてモデル化できるのか』、『どこからが個人にカスタマイズしてモデル化するべきなのか』といったことを検討しています。現時点では発達障がいの方や精神疾患の方などの脳波の測定はしていませんが、それらを含めて共通性と個別性を視野にいれた技術の展開が今後、期待できるのではないかと考えています」

石戸:「スポーツの分野では、例えば大谷翔平選手のような一流選手と一般人とでは身体の使い方が違っていると思います。脳波を測定し比較・検証することで、スポーツの一流選手のような動かし方ができるように本人にフィードバックできる、運動能力を向上させることができる可能性はあるのですか」

伊勢崎氏:「そこは、まだ踏み込み切れていない領域です。これから踏み込んでいきたい領域でもあります。身体の使い方は脳波にも出てきますし、メンタルの持ち方、例えば試合の直前にどれだけプレイの運動イメージをしているかなど、きっと脳波に出てくると思います。その前提で脳の情報をフィードバックすることでトレーニングの効果を高めるといった研究にも今後、取り組んでいきたいと考えています」

石戸:「今後の研究の方向性について、他にも踏み込んでいきたい研究領域があればお話を聞かせてください」

伊勢崎氏:「私たちでは、いわゆるテレパシーのような、考えたことをそのまま相手に伝えるということを、1つの通信技術として考えています。言葉で説明するのではなく、そのまま直接相手の脳に語りかけるようにする、その領域での研究に取り組んでいきます」

石戸:「子どもたちと未来を考えるワークショップをすると、必ずと言っていいほど少なくとも1人は脳に直接情報をインプットする、隣の人と脳だけでコミュニケーションを取るといった、テレパシーのアイデアが出てきます。そういう世界の実現に向けて、今の技術レベルはどのくらいまできているのですか」

伊勢崎氏:「まず、脳科学研究では、脳波を計測する、脳の情報を抽出するという研究と、脳に語りかける、脳に刺激を入力する研究と2つの方向性があります。どちらも侵襲型と非侵襲型で研究が進められ、さまざまな論文が発表されています」

石戸:「最先端では、どのようなことができるようになっているのですか。例えば、頭に思い描いたことをステーブルディフュージョンなどで画像にできるといった技術もあるようです」

伊勢崎氏:「アメリカの研究では、人の脳に電極を埋め込んで、直接言葉を交わしてコミュニケーションを取る、簡単なピンポンのようなゲームをするといったことが発表されています」

石戸:「そういった研究が進み新しいコミュニケーションのあり方が出てくると、より円滑なコミュニケーションができる可能性が広がり、何らかの障がいでなかなか会話が難しかった人たちにとっては本当に素晴らしいと思います。

その一方で、自分が思っただけのこと、本来は言わないこと、言うつもりはないのに思ったことまでが伝わってしまうとなると、そこには倫理的に考慮、配慮すべきことがあると思います。NTT人間情報研究所では、そういった倫理的な規定についてどのように議論が進んでいるのでしょうか」

伊勢崎氏:「私たちの脳波の研究範囲では、将来的に問題になるだろうと思いつつ、まだ倫理に至る手前の部分を研究開発していると考えています。当研究所において倫理的な議論はLLM等AI関係の研究開発などで非常に厳しく議論していると思います」

小池氏:「倫理的な側面については、2段階で考えた方が良いと感じています。まずは、研究そのものについてです。そういった研究をはたしてやっていいのだろうかという視点で考えてみることが大切だと思っています。次に、その研究成果を社会に届けていいのだろうか、社会にインパクトを与えていいのだろうかという視点です。こうした2段階で考えることが大切で、私たちは、まず研究を始める段階で『そういった研究をそもそもして良いのか』という議論をしながら倫理的な判断をしています。部署の中にもいわゆる倫理委員会を設置して体制を整え、さまざまな視点から研究に取り組んで良いのかどうかを考え、進めています。

私たちが、そもそもこの運動支援に着目しているというのも倫理的な観点で見たときの影響が小さい領域ではないかという考えもあります。なんらかの障がいで身体が思うように動かせない人でも、脳波で自由に動かせるようになる自発的な運動についての研究であれば、社会的に受け入れられやすいのではないかと考えています。そして、これがこの先の研究につながる第一歩となればいいなと考えています」

石戸:「非常にわかりやすくお話しいただきありがとうございました。新しい技術が出てくると、その倫理的な側面についてさまざまな議論がなされるので、そこをきちんと整理してお考えになっていらっしゃるのはとても大切なことだと感じました」

小池氏:「私たちでは2段階のうちの最初の段階については研究所内でいろいろと議論できるのですが、2段階目の社会実装について考えていくとなると、さまざまな分野の専門家や実際のユーザーの方々にも参加いただき、『脳波の利用とは、どうあるべきか』といったことを議論しながら進めていく必要があると感じています。「みんなの脳世界」のようなイベントがそのきっかけになり、さまざまな人たちとディスカッションできる場になればいいなと思っています」

伊勢崎氏:「近い将来、日常生活で脳波を計測することが当たり前、脳波でスマートフォンなどのデバイスやゲームを操作するのが当たり前になる日が来ると考えています。身体的な障がいも含め多様な人たちが、より便利にさまざまなものを使えて、より暮らしやすい世の中を創る、それを目指して研究に取り組んでいきたいと考えています」

写真5●B Lab所長の石戸 奈々子