REPORT

錯覚はなぜ起こる? 脳波でモノを動かせる?脳の不思議や知られざる可能性を紹介

2024年11月19日

「みんなの脳世界2024~超多様~」では、ニューロダイバーシティ社会の実現に取り組むさまざまな企業・大学・研究機関の最先端の研究成果に触れることができます。国立研究開発法人情報通信研究機構 未来ICT研究所脳情報通信融合研究センター(NICT CiNet)では、「脳がみている“あなたの世界”」と「脳波レーシングゲーム」を紹介します。どのような展示内容なのでしょうか。NICT CiNet 統括の柏岡 秀紀氏(▲写真1▲)と研究員の西堤 優氏(▲写真2▲)に、「みんなの脳世界」展を推進するB Lab所長の石戸 奈々子(▲写真5▲)が聞きしました。

<MEMBER>

国立研究開発法人情報通信研究機構 未来ICT研究所脳情報通信融合研究センター 統括
柏岡 秀紀

国立研究開発法人情報通信研究機構 未来ICT研究所脳情報通信融合研究センター
西堤 優

写真1●国立研究開発法人情報通信研究機構 未来ICT研究所脳情報通信融合研究センター(NICT CiNet)統括 
柏岡 秀紀氏
写真2●国立研究開発法人情報通信研究機構 未来ICT研究所脳情報通信融合研究センター
西堤 優氏

目で見ている世界は脳が創り出したイメージ
現実とのギャップを体験

石戸:「『脳がみている“あなたの世界”』と『脳波レーシングゲーム』、どちらもとても興味深いですね。どのような内容なのでしょうか」

柏岡氏:「私たちは目で見たもので周りの状況を『わかっている』と思っていますが、実は、あまりきちんとは見ていません。目で見て認識している状況は『脳が創り出しているイメージ』で、実は実際の特性とは必ずしも一致しないことがあるのです。

ブースでは、『数が多い・少ない』という主観が実際の数とのズレを生じさせることや、リズムを速く感じるか遅く感じるかは状況によって変わってしまうこと、人の顔の見え方が簡単にくずれて見えることなどを、錯覚を使った実験で体験できます。

脳がみている世界と実際の状況との間に違いが生じることのメカニズムや理由を解明できれば、相手に情報を伝えるときに「どこをきっちりと伝えないといけないのか」、「どこが重要で、どこの部分は省いてもいいのか」が明確に分かるようになるでしょう。脳の情報をうまく使って情報通信したいというNICT CiNetのコンセプトにもつながる展示内容です。

もう一つの展示は、「脳波レーシングゲーム」です。これは、集中することで信号が小さくなるアルファ波を使って、レーシングカーのスピードをコントロールし、レースを楽しんでもらう展示です」

石戸:「一つ目の『脳がみている“あなたの世界”』に関して、もう少し具体的に教えて下さい」 西堤氏:「例えば、『数が多い・少ない』という主観と実際の数とのズレを体験できる展示では、目の前に2つの集合が提示されます。 その集合の中には無数の点があります。左の集合の中の点の数が明らかに少なく、右の集合の点の数が多い画像を見た後に、今度は左右の集合の点の数が同じ画像を見ると、つい『左の方が多い』と感じてしまいます。そんな体験ができるブースです」(▲写真3▲/▲写真4▲)

写真3●明らかに左の集合の方が点の数が少ない
写真4●点の数は同じでも、つい左の方が多いと感じてしまう

石戸:「これまでNICT CiNetの皆さんとは、展示内容について様々なディスカッションをしてきました。他にも自分の無意識の心理状態を可視化する様々な体験をお持ちです。例えばポジティブなニュースとネガティブなニュースの反応スピードを測ることによって、心の状態が分かる体験も今後の利用方法へのアイディアがたくさん浮かびました。その他にも、赤い文字で赤、青い文字で赤と書いてあるものの反応スピードの人による差を体験しとても興味深かったです。『脳がみている“あなたの世界”』では、人間の脳は簡単に騙されてしまうということですね。そのメカニズムは解明されているのですか」 西堤氏:「じつは、よくはわかっていないのです。ですからブースでは、『こういうように感じてしまうのだが、その理由は明らかになっていない。君たちが大きくなって解明して欲しい』というようなメッセージにしようと考えています」

脳情報、ブレインテックの研究は今、どこまで進んでいるのか

石戸:「脳の全容については、科学的な理解がまだ進んでいないことはよく耳にします。一方、ブレインテックの研究はかなり進展しています。脳情報について研究されているお二人に、ブレインテックの最新の状況についてお伺いしたいです。例えば、テクノロジーで脳に直接に働きかけることによって、一人ひとりの身体能力を拡張させる取り組みなど、NICT CiNetの最先端の取り組みなどを教えていただけますか」

柏岡氏:「これまでのNICT CiNetの技術で、実際に社会の中に実装されたものを紹介します。1つはコマーシャルの評価システムです。まずは、人に映像を見てもらって、そのときの脳活動を測り、映像のどこにどのように反応したのかといったデータを貯めていきます。こうしたデータを膨大にAIに学習させることで、脳の活動を推定できるようになります。さらに、ある脳の活動を測定すると、そこから『どのような映像か』も推定していこうとしています。

それができるようになれば、新商品を売り出すときに、その特徴や評価をコマーシャルでうまく伝えられているかどうかを評価できます。NTTデータが、コマーシャル映像から好感度をはじめ購買意向度、好感要因をオンエア前に予測できるシステムとして提供し、すでに約200社のコマーシャル制作に利用されています。

https://www.nttdata.com/global/ja/news/services_info/2019/070400

もう1つが、人の老化に関することです。幼い子どもや高齢者に『右手を挙げて』と指示すると、一緒に左手も挙げてしまいそうになることがあります。あれは、右脳と左脳とは繋がっていて、『右手を挙げて』と言われると、その信号が右脳にも左脳にも伝わるからとされています。そして、左手も一緒に挙げてしまいそうになるのを抑制する働きが脳の中で起こっているのですが、年齢を重ねていくとその抑制する能力が弱くなり、一緒に挙げてしまいそうになると考えられています。その考え方に基づいて、抑制する能力を高めるような運動をミズノが考案して、高齢者施設やリハビリの施設などに向けて提供しています」

https://sports-service.mizuno.jp/program/lalalafit

石戸:「大変興味深いです。NTTデータさんのシステムが200社に導入されているのはすばらしいと思うのですが、やはり違いが大きく出るのでしょうか」。

柏岡氏:「完全な比較はなかなかできないのですが、感じ方はだいぶ違うようです。化粧品の例ですが、コマーシャルだけでなく、売り場に出ているPOPの写真も同じように印象評価を行い、売り上げが伸びたという成果もあげています」

石戸:「コマーシャルだけでなく、マーケティング調査などにも利用の幅が広がっていきますね。すでに実用化されている研究成果として2つお話をいただきましたが、研究レベルだと例えば、よくSFの世界などで表現される、人が脳で思ったことを画像で映し出して他の人とも共有できるようにするといった研究は、どこまで進んでいるのですか」

柏岡氏:「現在は、MRIの中に入ってイメージしてもらう必要がありますが、ある程度までは人がイメージしている映像を取り出すことはできるとされています。 アメリカでは、被験者に美術館で観た絵をMRIの中で思い出してもらい、その脳活動を測定して絵を再現できるかという実験がされています。最も再現性の高いものでは8割ほど取り出すことができたというような評価だったと聞いています。ただ、MRIという装置を使っているので、日常の生活でできるかというのはまだこれからですが、技術的にはそのレベルまで進んでいます」

脳情報の先進的な研究と
ニューロダイバーシティの共通項は

石戸:「まさにSFのような世界ですね。一方で、 頭の中で考えた映像や画像が他の人にも見られてしまう不安感もあり、やはりブレインテック領域の進展には倫理観も大切だと感じています。NICT CiNetの中では、どのように考えられているのですか」

西堤:「私は心の哲学や脳神経倫理学を専門に研究しています。NICT CiNetでは脳情報から知覚情報を読み取るという技術が外部に出るときに、外部から法学者、社会学者、科学者などの専門家を20名近く集めて、委員会を設置して倫理的な配慮について検討しました。研究者、開発者、企業を含めて、どう倫理的な配慮をすればいいのかを取りまとめてガイドラインを作りましたが、それがおそらくは日本において脳情報から知覚情報を読み取るにあたっての最初のガイドラインだと考えています」

石戸:「倫理観は文化によって違うかと思いますし、技術をどう受け入れるかというのも国によって違うかと思いますが、他の国はどうでしょうか?」

西堤:「特に欧州において、プライバシーを保護していく運動は盛んで、欧州の個人情報保護規則(GDPR)が個人情報の保護を最適化する形で進んでいるため、それに合わせて日本も追随しています」

石戸:「NICT CiNetでは、脳情報のテクノロジーの進展によってどのような社会の実現を目指しているのでしょうか。例えば、2050年、もっと先の将来でもかまいません。人間の生活はどう変化しているのでしょう」。

柏岡氏:「人間の生活が豊かになることが前提であり、そのために脳の機能を使うこと。例えばエネルギーの問題がありますが、人の脳は脳細胞ニューロンがたくさんありつつもエネルギーを制御しながら機能していて非常に省エネにできていると考えられています。情報機器に例えると、現在は多くの情報機器を使いエネルギー消費が膨大ですが、脳のエネルギー消費の方法をうまく取り入れることで消費を抑えることにつながるのではと考えています。その他、人の脳の中で考えているやり方、脳の中で使われている方式、脳の中で扱う方法を取り込むことで人に対して優しいものができるだろうと考えています。

2050年かその先に、人の心を持った汎用人工知能という『CiNet Brain』の実現を目指しています。先ほどのコマーシャルの評価システムのように、人が脳の中でイメージしたものを取り出すのがCiNet Brain 1.0です。そこから、視聴覚だけでなく嗅覚や触覚などによる情報もリアルタイムで取り出せるようにするのがCiNet Brain 2.0です。CiNet Brain 3.0では、そこに身体性が加わり、さらに4.0では心も加味される、それを目指して研究を進めています」。

石戸:「NICT CiNetとして、ニューロダイバーシティ社会の実現に向けてこんなアプローチがあるのではないかとか、こういう技術がより使えるのではないかとお考えのことがあれば教えてください」

柏岡氏:「ある研究メンバーは、ブラインドサッカーの選手があれだけの運動ができるメカニズムの解明に取り組んでいます。それが分かれば、目が不自由な方々の身体機能や運動能力を高めるようなトレーニングの仕方などもわかり、もっと日常生活を楽に過ごせるようになるのではないかと考えての研究です。また、先程もお話ししたように高齢の方の衰えをカバーするようなものも出して行ければと考えています。このような視点では、ニューロダイバーシティのコンセプトと共通項があると感じています」。

石戸:「もう1点お聞きしたいのですが、脳への直接的な働きかけで痛みをコントロールできる技術も研究されているのですか?」

柏岡氏:「痛みの強さを表すのにうまく相手に伝わらないことがあります。以前、慢性疼痛の方を対象にして、なぜ痛みが出てくるのか、脳の活動を見ながら分析したことがあります。脳の中のあるネットワークが活動することで痛みが分かるということが一部分かり、そのネットワークの活動を抑えることができれば、あるいは活性化させて痛みの動きを止めないといけないという抑止が働けば、苦しんでいる方々の痛みをちょっと和らげてあげることもできるのではと思っているところです」

石戸:「今回の展示では、痛みを言語化することにチャレンジされている出展や感覚過敏に関する出展も多くあります。感覚過敏で苦しんでいる方がいらっしゃる中で、五感の過敏性を和らげることも技術的にこの先可能になるのではないかと思いました」

柏岡氏:「痛みも多種多様で、頭の中でつくられている痛みについては、我々の知見などを使って今後働きかけができるのではないかと考えています。色々な方と協力しながら総合的に取り組んでいきたいと思います」

石戸:「技術的な進展に期待しています。一方、ALSのピータースコットモーガンさんが自分自身をサイボーグ化した事例でも色々なご意見があがりました。一人ひとりの生きづらさを技術の力で緩和していくことは大切だなと思う一方で、技術の進展スピードも早くその人らしさや生きる意味なども考えさせられます。最後になりますが、一言ずついただいてもよろしいでしょうか」

西堤氏:「NICT CiNetは、人間の脳についてさまざまに探究しています。その研究成果を社会実装していく過程で、例えばニューロダイバーシティの視点で考えると新たな気づきや可能性を見い出すことができるかもしれません。ですから、今回のような展示会に出展の機会をいただけることは大変にありがたいと思っています」

柏岡氏:「我々は人間を中心に据えて、脳の活動を研究し、その成果を社会、日々の暮らしの中で活用できないかを常に考えています。そのときに、ぜひニューロダイバーシティの視点で我々の成果をご覧になって、『こういった活用ができるのでは』と可能性を引っ張り出していただきたいと思います」 石戸:「その点については、私も含めニューロダイバーシティに関わる多くの人たちに脳情報の最新の研究成果に触れていただき、可能性を一緒に探っていけるようになると良いなと思っています。ありがとうございました」

写真5●B Lab所長の石戸 奈々子