照明や音を抑えたクワイエットアワーで誰もが買い物しやすい店舗に
2025年2月13日
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B Labでは「みんなの脳世界 2024」とあわせて、ニューロダイバーシティ社会の実現に向け顕著な功績を挙げているテクノロジー、プロダクト、ソーシャルアクションなどを表彰する第1回ニューロダイバーシティアワードを開催しました。同アワードの社会実装部門において、クワイエットアワーの取り組みでニューロダイバーシティ賞を受賞した株式会社ヤマダホールディングスのサステナビリティ推進部 小井土 凌氏(▲写真1▲)に、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真8▲)が取り組みの背景や具体的な成果、将来の展望などについてお聞きしました。
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ヤマダホールディングスが実施しているクワイエットアワーの取り組み
石戸:「ヤマダホールディングスでは、2023年からヤマダデンキの店舗で『クワイエットアワー』の取り組みを実施し、第1回ニューロダイバーシティアワードの社会実装部門ニューロダイバーシティ賞を受賞されました。どのような経緯でクワイエットアワーに取り組まれたのか、具体的な取り組みなどについて教えていただけますか」
小井土氏:「クワイエットアワーとは、音や光、匂いなどが苦手な方、強いストレスを感じてしまう感覚過敏と呼ばれる方に向けた取り組みです。感覚過敏は、自閉スペクトラム症など発達障害のある方に多く見られる特性の1つであり、発達障害のない方にもしばしば見られることがあります。こういった方は、光や音、匂いなどの刺激が少ない場所を必要とする傾向にあります。
そこで感覚過敏の方が過ごしやすい環境を提供するために、店内の照明や音の強さなどを調節する時間を設ける取り組みがクワイエットアワーです。海外ではニュージーランドやイギリスのスーパーマーケットなどで事例があり、日本国内でも少しずつ、小売店や動物園、水族館など、さまざまな場所で取り組まれています。(▲写真2▲)
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ヤマダホールディングスでは2023年4月から、神奈川県相模原市の相模原青年会議所の提案をきっかけに、クワイエットアワーの取り組みを開始しました。まずは『ヤマダデンキ テックランド相模原店』にて実施し、翌5月には同店で毎月第2・第4火曜日の開店10時から11時までの1時間、クワイエットアワーの定例実施を開始しました。さらに2024年2月からは、神奈川県内にあるヤマダデンキの一部店舗にて定例実施をスタートさせています。
このように、きっかけとなったのは相模原青年会議所が相模原市内の小売店を中心にクワイエットアワーの実施を呼び掛け、当社にもお声がけをいただいたことですが、第1回目のクワイエットアワーを実施した際に『社会貢献活動の一環として継続して取り組んでいくべき』と考えるようになり、その後の定例実施を決定したという経緯です。
現在では、さらに多くの方々にクワイエットアワーをご利用していただくために、神奈川県のヤマダデンキ17店舗で毎月第2・第4火曜日の開店10時から11時の1時間、定例実施をしています。(▲写真3▲)
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クワイエットアワーで具体的に実施していることは、店内照明の減灯や販促物の電源オフ、店内のアナウンスを流さないといったことです。このような取り組みをしながら、店内環境を可能な限り調整し、静かな環境を作り出しています。
クワイエットアワーを実施していることをお客様に告知することも大切だと考え、店内ポスターおよびSNSで、その開催について呼び掛けています。(▲写真4▲)
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店内の告知ポスターは、実施対象店舗で通常営業日に張り出しています。実施中の店舗では、おもに店舗の入口で大きなサイズのポスターで告知し、クワイエットアワーの実施が来店してくださった方々にわかるようにしています。さらにはX(旧Twitter)にも開催日の前々日の日曜日に投稿して呼びかけています。
クワイエットアワーに対する従業員の反応は、『静かで良い』、『実施回数や時間を増やしてみてもよさそう』、『SDGsに興味を持つきっかけとなった』といったものです。従業員の中には感覚過敏でなくても大きな音や強い光が苦手な人が一定数存在すると考えられますので、そういった従業員にとっても落ち着いた環境で接客できる良い取り組みだと考えています。また、『月2回では少ないのではないか』、『1日中実施した方が良い』、『火曜日ではなく土日曜の方が感覚過敏の方の利用も増えるのではないか』といった声も上がっていますので、順次検討をしています。
マイナスな意見もあります。『静かすぎる』、『営業中なのかお客様に聞かれることがある』、『効果が実感できない』、クワイエットアワー自体の『認知度が低い』といった声がありました。もっとも多かったのは『営業中なのかお客様に聞かれることがある』です。開店からの1時間は店内がいつもより薄暗く、活気が少ない状態になってしまうので、普段から来店されているお客様にとっては営業しているのか戸惑うこともあるようです。
一方、お客様からのご意見や反応について、現場の従業員にお声がけいただいたものから抽出したところでは、『落ち着いて買い物できる』、『もっと実施店舗を拡大してほしい』、『接客の声が聞きやすい』、『静かすぎて営業中か分からない』という声がありました。
『落ち着いて買い物できる』という点については従業員からも声が挙がり、お客様の中にも強い光や大きな音が苦手な方がいらっしゃいますので良い取り組みだと考えています。『もっと実施店舗を拡大してほしい』という声については、SNS上で調べてみるとクワイエットアワーについて発信してくださっている方がいて、『東京都内でも1店舗は実施してほしい』、『地方でも取り組んでほしい』という声が散見されました。それに対して応えていきたいと考えています。
クワイエットアワーに対する現状の課題も2点ほどあります。(▲写真5▲)
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1つめは告知方法です。 現状ではSNSのみで発信しているのですが、本当にクワイエットアワーを必要としている感覚過敏の方々に情報が届いているかどうかが不明です。どういった方法で発信すればこの情報を必要としている方に届くのかを模索している状態です。
2つめは従業員教育です。マニュアルを作成し、 各店の店長には取り組みの概要を伝えていますが、現場の従業員一人ひとりに指導が出来ている訳ではないため、クワイエットアワーの取り組みへの理解が及んでいない可能性があります。従業員にアンケートを取った際にも『まだ知らなかった』いう声もありました。しっかり理解をしてからクワイエットアワーに取り組んでもらいたいという考えもあり、課題として捉えています。
クワイエットアワーに今後、期待される効果としては、多様な利用客の拡大とニューロダイバーシティの推進があります。(▲写真6▲)
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クワイエットアワーには、これまでのような活気ある量販店の環境が苦手な方々の来店機会を創出するという目的があります。過去に感覚過敏をお持ちの方に直接、お話を伺ったこともありますが、やはり家電量販店は音や光などの刺激が多いので行くのが辛いという声をいただきました。ただし、そういう方々でも家電量販店にはカメラやテレビなど高価な製品が多く、実際に手に取って使ってみたいとお考えです。落ち着いた環境の中で、ゆっくり製品を体験・体感できるクワイエットアワーについて、『これからもしっかり実施していって欲しい』という声をいただいています。この取り組みを進めていくことで、1人でも多くの人にクワイエットアワーを体験していただければと思っています。
今後の展望としては、実施店舗のエリア拡大を検討しています。(▲写真7▲)
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最近、クワイエットアワーの取り組みを多くのメディアで取り上げていただいていることもあり、非常に重要な社会課題であると実感を持っています。課題を修正しながら、エリア拡大を検討し、取り組んでいきたいと考えています」
クワイエットアワーの実施は「お客様の理解」と「従業員の理解」を得ることがポイント
石戸:「ありがとうございます。相模原青年会議所からの提案がきっかけだったとのことですが、相模原市では市をあげてクワイエットアワーに取り組んでいるのでしょうか」
小井土氏:「相模原市というよりは、相模原青年会議所が中心となって取り組んでおられます。市をあげて取り組んでいるところでは、川崎市が特に力を入れています。当社でも川崎市と連絡を取り合い、社員に配布したマニュアルは川崎市のものを参考にしています」
石戸:「相模原青年会議所が呼び掛けた他の店舗とも情報共有をしながらクワイエットアワーの取り組みの改善などをされているのでしょうか」
小井土氏:「導入事例がまだ少ないということを聞き、他の店舗の状況を伺ったのですが、あまり実施されていないようです。現状、試行錯誤しながら実施している状況です」
石戸:「相模原青年会議所からの提案がきっかけとはいえ、導入にあたっては社内でさまざまな声があったと思います。導入はスムーズだったのでしょうか。それとも、『売り上げが下がってしまうのではないか』など、懸念の声がある中での導入だったのでしょうか」
小井土氏:「懸念点はいろいろと出ていました。まず『お客様の理解を得られるか』、『従業員に理解を得られるか』という点です。売り上げについても懸念点としてはあったのですが、それよりも店舗を利用されるお客様と実施する従業員の理解が得られるかが懸念点となっていました。そこで店舗従業員向けに5分ほどの動画を作成し、それを視聴してもらった上でクワイエットアワーに関する資料を配布し、さらには研修を受けてもらったことで理解を得られるようになりました」
石戸:「導入については必ずしも初めからスムーズであったわけではないけれども、きちんと説明をすることによって社内での理解が得られていったということですね。
定期実施としては、1店舗目を2023年5月に導入して、それから9カ月後には拡大していきました。先ほど良い声と悪い声の両方が併記されていましたが、拡大されたということは良い効果の方を積極的に捉えたということでしょうか」
小井土氏:「はい、そうです。実際に感覚過敏の方から直接声をいただいたのではないのですが、こういった活動は店舗運営に支障をきたさないと判断し、続けていったほうが良いと考えました」
石戸:「ニュージーランドやイギリスの事例にも言及されていらっしゃいました。イギリスの商業施設だとクワイエットアワーを導入することによって、むしろ売り上げが上がったという効果を出されているところもあるようです。支障をきたさないという表現を使われましたが、つまり売上増加などの効果を確認できるところまでは至っていないのでしょうか」
小井土氏:「まだ実感としては未知数ですが、現時点で店舗から『売り上げが落ちたので中止してほしい』という声はありません。売上へのマイナスの影響はないと判断しています」
石戸:「イギリスの例で言うと、感覚過敏の方々が来店しやすいだけではなく、お子様連れ、シニアの方々、元々『ちょっと店舗がうるさいな』と思っていた人たちがクワイエットアワーを狙って来店するようになり、売り上げが増えたという話もありました。そうした効果が明確になると、より広がりやすくなるだろうと思います。ぜひ、検証していただきたいです。
一方、家電量販店はもともと音と光が、少々、派手といえるかもしれません。これまでは、それが当たり前だったので、急に静かになると違和感があるかもしれませんが、『元々が明るすぎた』、『音量が大きすぎたのではないか』という、適正・適切な音量や光量についての議論はあるのでしょうか」
小井土氏:「おっしゃる通り、店内では過剰な音や光が目立ちますが、現状、社内では議論になっていません。ただ、『そもそも音や光が強すぎるのではないか』という声は従業員からも上がっていますので、通常営業日についても調整をしたいと考えています。現在、節電という名目ですが、店内照明の減灯は通常の営業日でも実施しています」
ヤマダデンキの各店舗で工夫しながらクワイエットアワーを実施
石戸:「先ほど、クワイエットアワーを導入するときの従業員向けマニュアルは、川崎市のものを参考にされているというお話しでした。ただ実際に導入して運用していく中では、アップデートもされたのではないかなと思います。ヤマダホールディングスで実際に運用していく上で工夫をした点や留意した点を教えてください」
小井土氏:「周知の方法です。 お客様から『今日は営業しているのか』という声は多くあるので、『クワイエットアワーを実施しています』と分かるような方法として、店舗入口のすぐ前で『クワイエットアワー実施中』と明記したポスターを貼っているほか、従業員からもお客様に対して取り組みの趣旨を簡単に説明させていただいくことで、店内の静かさへの違和感があってもご来店いただけるような環境作りをしています」
石戸:「おそらく従業員の中にも感覚過敏の当事者や当事者に近い方もいらっしゃるのではないかと思います。そうすると、従業員から新たなアイディアが出てくることもあり得ます。そうした動きはいかがでしょうか」
小井土氏:「従業員に感覚過敏者がいるかどうかの調査は実施していませんが、私は確実にいると思っています。大きな音や眩しい光が苦手な人にとって、クワイエットアワーは良い取り組みだと考えています。運営を店舗に任せたことで、例えば、『大きな音が発生するのでトイレのエアータオルを止めてみました』という店舗も出てきています」
石戸:「各店舗で創意工夫しながら、クワイエットアワーを実施されているのですね」
小井土氏:「こういった好事例を収集し、クワイエットアワーのマニュアルに落とし込みながらアップデートしていきたいと考えています」
石戸:「クワイエットアワーの導入は、海外だけでなく国内でも少しずつ増えていますが参考にした事例はありますか」小井土氏:「当社より前にクワイエットアワーを導入・実施しているドラッグストアがありましたので、参考にさせていただきました。また、相模原市からはクワイエットアワーに関する資料を前もっていただいていましたので、その資料をベースに当社の進め方を考えて取り組みました」
まずはクワイエットアワーを全国の店舗に定着させていくことが大切
石戸:「先ほど、今後の取り組みや展望として『ニューロダイバーシティの推進』をあげていらっしゃいました。クワイエットアワーに近い活動としては、カームダウンスペースを用意するなど、さまざまな取り組みが考えられると思います。今後、クワイエットアワーを拡大していく以外に、ニューロダイバーシティ社会実現に向けて考えていることがあれば教えていただけますか」
小井土氏:「まずはクワイエットアワーを全国の店舗に定着させていくことが必要になってくるとのではないかと考えています。カームダウンスペースの導入については、そういった声があがってくれば、検討を進める余地はあります。まずは、クワイエットアワーの取り組みを日本国内に定着させるという意味合いでも、当社からクワイエットアワーの取り組みを拡大していければ良いなと考えています」
石戸:「確かに、日本でも徐々にクワイエットアワーが導入されているとはいえ、まだまだ数としては少ないと思います。ヤマダデンキが全国的に広げていけば、そのインパクトはとても大きく、期待しています。最後に、ニューロダイバーシティ社会実現に向けたメッセージを一言いただいてお終いにしたいと思います」
小井土氏:「感覚過敏の方のためのクワイエットアワーという取り組みを通じて、我々も学んでいるところです。ニューロダイバーシティという言葉自体、浸透していない部分もあるとは思いますが、弊社のクワイエットアワーやニューロダイバーシティアワードでご一緒された方々の取り組みを世の中に広めていくという意味でも、クワイエットアワーにより一層力を入れることでニューロダイバーシティの推進に貢献できればと考えています」
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