味覚から受ける印象を抽象的な形で表現することで「味を視覚化」する
2024年12月12日
「みんなの脳世界2024~超多様~」では、ニューロダイバーシティ社会の実現に取り組むさまざまな企業・大学・研究機関の最先端の研究成果に触れることができます。立命館大学 多感覚・認知デザイン研究室では、人それぞれで異なる味わいから受ける印象を抽象的な形で表現することで視覚化する研究に取り組んでいます。同研究室 教授の和田 有史氏(▲写真1▲)に、「みんなの脳世界」展を推進するB Lab所長の石戸 奈々子(▲写真5▲)が聞きしました。
<MEMBER>
立命館大学 多感覚・認知デザイン研究室 教授
和田有史氏
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食べ物の味わいから受ける印象と形から受ける印象を同じにすれば
味わいを視覚的な形で表現できるのではないか
石戸:「立命館大学 多感覚・認知デザイン研究室は、2023年に続いて2回目の参加です。『みんなの脳世界』での展示内容を含め、最新の研究内容について説明していただけますか」
和田氏:「立命館大学 多感覚・認知デザイン研究室では、食を五感でどのように体験しているのかなど『食べて味わう』ことにフォーカスした研究に取り組んでいます。今回は『甘い形と苦い形 -風味の視覚化-』というテーマで出展します。 さて、みなさん、食べ物を味わうとき、どのように味わっていますか? こうお尋ねすると『口の中の舌で味わっています』とおっしゃる人が多いと思います。味覚について、以前は『舌の奥では苦みを感じる』など、舌の場所によってより強く感じる味が異なるとされ、小学校の副読本にも『舌の味覚図』が描かれていました。しかし、じつはそうではないことは味覚の研究者にはよく知られていました。今では研究が進み、舌の先端や横、奥などに味蕾が存在しており、一つ一つの味蕾に酸味、塩味、甘味、旨味、苦味などを感じる受容体(センサーのようなもの)があることがわかっています。(▲写真2▲)
そうなると人は味覚を舌全体で味わっていることになりますが、じつは舌だけで味わっているのではなく、視覚も味わいに深く関係しています。例えば、かき氷のシロップはイチゴやメロンなど、果物の匂いや色が異なっていますが、味はほとんど同じです。
そんなことに着目して私たちは少し変わった研究をしています。食べ物の味わいに視覚が関係するという視点から、あるものを味わったときの味わいと形の印象を聞くことで、あるものを口にして甘いという印象と一致した印象を持つ視覚的な形は、甘さを表現するように見えるのではないかということを調べています。 いろいろな人にチョコレートの風味は、甘い感じやミルクの感じ、とろける感じ、苦い感じなどが含まれます。セマンティックディファレンシャル法という心理学の技法でそれらの風味の印象だけでなく、様々な形態の印象もたずねることで、風味と形態で近い印象をもたらすものがあるかどうかを調べました。(▲写真3▲)
すると、「甘い」、「ミルクのような」、「とろける」、「苦い」といった味わいの印象に近い印象をもたらす形は、このような形だとわかってきました。実際、多くの人がこのように感じるのですが、そうなると舌や鼻だけでなく視覚など、五感を複合的に合わせて味わっているのではないかと考えられます。
チョコレートだと甘い印象が強いと思いますが、実際に同じチョコレートを食べてみて、『甘くなくなったらどうなるのだろう』ということを考えていただきたいと思います。『みんなの脳世界』の展示では、『甘くなくなったチョコレート』を食べていただき、甘い感じの印象が苦い感じの印象を表現する形に変わるのだろうかということを体験していただきたいと思います。
このデモではダイエット茶として売られているギムネマ茶を飲むとギムネ酸が甘さを感じる受容体に着いてしまって、しばらくの間は甘さを感じなくなることを利用して、まずは甘いチョコレートを食べてもらい、次にギムネマ茶を飲んで『甘くなくなったチョコレート』を食べてもらい、チョコレートの印象がギムネマ茶を飲む前と後でどうかわるかを体験してもらいました。(▲写真4▲)
みなさんは、どちらが甘いと感じ、どちらが苦いと感じるでしょうか。9割方は左側の方が甘いと感じますが、みなさんも同じような感じがするでしょうか。また、同じチョコレートでも甘さだけがなくなったとき、チョコレートの匂いがあったとしても苦いと感じるのかといったことも体験と合わせて調査・研究しています。
このような研究をパティシエに見てもらうと、『そういえばそんな感じするよね』と自身が作るケーキのデザインもそれを意識していると話してくれるケースがあります。実際に有名なパティシエが甘い形のチョコレートと苦い形のチョコレートを作ってくれたこともありました。
実際に私たちは目で見て食品を楽しんでいると思っていますので、『食べ物は五感で味わう』ものだと感じています。また、ある食べ物に対してものすごく苦く感じてしまう人、逆に感じない人など、味覚にもダイバーシティがあります。それらを理解してあげずに、自分が苦く感じないから『これは苦くないから食べなさい』と強制してしまうと、それは苦いと感じる人や子どもにとって、もの凄く苦いのかもしれないのです。 印象は食品によって異なるかもしれませんし、文化を超えると全く異なった食の印象を持つかもしれませんので、その辺りのギャップもコミュニケーションの中で楽しみながら、嫌な食品を強いるようなことがないような幸せな食生活を送るには、人の五感の仕組みを知らなければいけないのではないかなと思っています」
味覚のダイバーシティを考える
石戸:「私も和田先生の研究を昨年体験して、チョコレートに甘味がなくなるだけでこんなに印象が変わるのかと驚きました。そこでお伺いしたいのは、どうして多くの人は甘い食べ物と『丸みを持った形』とを紐付けるのですか」
和田氏:「形に対する音声の印象はブーバ/キキ効果が有名で、丸みはほぼポジティブという印象です。国際的に見ても甘いは丸い印象というのは一致しています。これだという確定的な理由はないのですが、世界共通で甘いものは丸い感じがするのは確かなようです」
石戸:「勝手な印象ですが、『苦い』食べ物は場合によって食べてはいけないものであり、人間が自分の命を守るために危機を察知する必要がある、そのため『とげとげしい印象』を持つのかと考えました。一方、甘さは人間が生きていくに際してポジティブなものだからこそ、丸い、温かい印象を持つのかとも思ったのですが、人間の生命、危機管理に関係、影響していることなのでしょうか」
和田氏:「それはあると思います。甘さや旨味の受容体のバリエーションはほとんどありませんが、苦味についての受容体は25種類もあります。このバリエーションのある受容体を駆使して体に良くないものを検出しようとしているとはよく言われています。苦味はディフェンスしなければいけないものですので、『嫌い』と感じるのがそもそもの機能なのだと思います。
味覚と形については、さまざまなところで研究されています。ただ研究者の多くは、直接、味と形とを組み合わせて結びつきを知ろうとしているのですが、私は味と形との間に『良い・悪い』、『活動的な・非活動的な』といった印象を数段階の評価として聞いて、それらの印象とも結びつけていくという研究をしています。これをセマンティック・ディファレンシャル法といいますが、その技法で測れるような、各感覚に特化していないような『もやっ』とした印象でつなげていくような研究です」
石戸:「私も初めて『かき氷のシロップはどれも同じ味で色が違うだけ』という話を聞いた時は衝撃を覚えたのですが、それほどまで人間の脳は騙されてしまいます。今のお話を伺って思った疑問ですが、すごく甘いものでも毒々しい色だと人間は『苦み』を感じてしまうのでしょうか」
和田氏:「かき氷のシロップについては、匂いの違いはあるのです。例えば、飴を舐めるときに、鼻をつまんで舐めると何味の飴なのか分からなくなることがあります。毒々しい色だと甘いものも苦くなるのかというと、そこまでではないです。各感覚が示すものが全く一致しない場合は、感覚の強度のバイアスを引き起こすことは難しいです。意味が一致しているときに強調する感じになるかもしれませんし、毒々しい色の甘い食べ物は、もの凄く濃く甘く感じるかもしれません。その方向性が合わさって初めて強度の変化がある印象が起こるということなのだと思います。真逆の方向へ味を変えることはできませんが、 印象が一致したときに強調することはできると思っています」
石戸:「『みんなの脳世界』の展示でも、五感の多様性を感じていただくコーナーを設けています。和田先生に連絡をさせていただいたのは、視覚や聴覚の多様性についての研究者はいらっしゃっても、五感の中で味覚や嗅覚の違いを共有できるような研究がなかなか見つからなかった経緯があります。
私たちのニューロダイバーシティプロジェクトは全ての人たちを対象とした、一人ひとりが違うということを前提とした活動ですが、発達障害や自閉スペクトラム症の当事者の人たちのように、視覚過敏や聴覚過敏など、感覚の特異性で生きづらさを感じていらっしゃる人は多くいます。味覚については、どのぐらいの振れ幅のダイバーシティがあるのでしょうか」
和田氏:「味覚に関しては、よく直面するのは、ドライマウスになると味を感じなくなるということをおっしゃる高齢者がいらっしゃいます。さらにそうなると嚥下も難しくなりますので、食が楽しくなくなってしまうのです。高齢者がフレイルという状態になって味わいを感じなくなると、外に出かけるのがつまらなくなるということもありますので、まずそこで1つダイバーシティ的なものがあると思っています。
その他に文化差もあります。韓国人には辛い食べ物が好きな人が多いのですが、赤ん坊のときから辛いものが好きなわけではないようです。韓国人に『小さい頃はキムチをどうやって食べていたの』と聞くと、『親から分けてもらうときに、キムチを水で洗って食べさせてもらった』などと答えるわけです。辛さのステップを踏んで、だんだんとより強い辛さにステップアップしていきますので、そうやって辛さに慣らしていく文化があるということです」
石戸:「そうすると、生まれ持った味覚のセンサーの違いは、そこまで大きくはないのですか」
和田氏:「人類共通なのですが、『苦み』のバリエーションは25種類ありますので、一部の苦みを弱く感じたり強く感じたりする割合は人種によって異なるということも言われています。同じ人種の中でも、ある『苦み』をものすごく強く感じる人と、 ある『苦み』にはまったく感じない人が混在しています。例えば、同じゴーヤチャンプルーを食べてもまったく苦くないと言う人がいるかもしれません。
親子間でも違いがあることもありますので、お子さんが『これ苦くて食べられない』と言ったときに『好き嫌い言うんじゃない』と無理やり食べさせてしまうと、つらい目に遭わせてしまっているかもしれません。日本では比較的フードロスを気にして『何でも食べなさい』と強制する風潮はありますが、ダメな食べ物を無理強いして食べさせることは想像を絶する苦痛を与えることになりかねないのです」
石戸:「先天的にどうしても食べられない、強い『苦み』を感じてしまうなど、味覚の違いによってどうしても食べられないものがある人がいるということですね。ところで人種で味覚も異なるということですが、日本人が苦手な『苦み』はありますか」
和田氏:「私も一部のデータしか見てはいないのですが、日本人は他の人種と比べて突出した特徴があるわけでなく、比較的ニュートラルだと思います。苦みを感じる個人差で有名なデータとしては、PROPという苦みへの感受性が、個人差が大きいと言われているのですが、一部の方がそれを感じにくいことがある、ということで、日本人全てがその苦味を感じにくい、ということを示すわけではありません」
石戸:「食べ物は味覚だけではなく、香りや見た目、食感など、五感で感じるものだと改めて思いました。その中で味覚だけを取り出して解析していくのは難しいのではないかとも感じます」
和田氏:「受容体の研究をしている研究者は、味覚だけで完結してくれると研究しやすいかもしれませんが、食品開発の研究者は総合的に考えていかなければいけないと思っていらっしゃるようです。味覚には基本的には5つの味があり、新たに『脂味』の受容体も見つかっています。その受容機構もわかるにつれ謎が深まってきています」
石戸「わかればわかるほど、謎が深まっていく状態なのですね」
和田氏「今後、世界人口がさらに増加していく中で、植物性食品や培養肉が注目されています。植物性食品を多く食べていかなければいけないのですが、どうしても動物性食品の方が美味しいと感じる人もいるので、植物性食品で動物性食品のような美味しさを実現しようという試みがされています。これまで研究しにくかった『動物っぽい味とはなんだ』、『香りでなんとかなるのではないか』などと思っている人もいれば、受容メカニズムに秘密があり植植物性食品でもその状態を変化させると動物性食品の満足感が得られることを研究している企業もあります。私自身も一緒に研究をしています。 香りも、もちろん五感には大事なことですが、香りや視覚や受容メカニズムの両方掘り下げていくのが、植物性食品に切り替えた後の世界を幸せな食生活で満たすためには大事な試みと思って取り組んでいます」
先端技術を活用して、味覚だけではなく他の感覚も可視化していく
石戸:「味覚の視覚化についてお聞きしたいと思います。『五感の感じ方は多様であり、みんな違う』ということは、日常で暮らしているとそれになかなか気づけないことがあります。だからこそ、可視化することに価値があるのではないかと思っています。味覚を視覚化するのは面白い試みだと思うのですが、味覚を形で表現するだけでなく、さらに味の視覚化で、取り組もうとしていることがあれば教えていただきますか。また、味覚と同じように他の感覚も和田先生の手法で、可視化できるのではないかなと感じています。応用についても教えてください」
和田:「まず、味覚をなぜ形にしたのかというと、色の研究がたくさんあったことから。色は文化差がもっとも大きいものです。酸っぱい色はレモンを思い浮かべれば黄色く表現できるのですが、ライムばかり絞っている地域だと緑色になりますよね。
色など他のモダリティを足していくことでさらに表現力が出てくると思っています。近年では生成AIが進化していますので、味の表現をうまく生成AIでシーンに織り込んでいけるようになると、例えば今、味そのものをオンラインで伝えるなどは難しいのですが、食べている印象をビジュアル的に表現してあげれば、オンラインでも気持ちが通じ合うのではないかと考えています。
抽象図形については「文化を越えたジェネラリティがあったら、同じものを食べていても感じていることが違うことを可視化できるのではないか」、「違うものを食べていても、同じ印象を感じている、など新しい心の通じ方が実現できるのではないか」、と考えています。
他の感覚に応用できるのかについては、元々そのつもりでやっています。例えば『Zoom飲み』が流行りそうで今一つ流行らなかったのは雰囲気が通じないということも指摘されていました。違うものを食べていて、シーンが違っていても同じものを食べているように見せることはできますし、同じものを食べても旨いと言う人と不味いと言う人がいます。それに対して気持ちだけでも通じ合ったら人々は距離を超えて融合できるのではないかというところに夢があって、今の先端技術を使った研究を進めています」
石戸:「非常に面白いですね。例えば日本人が納豆を食べていてインド人がカレーを食べている、そこで同じ形が現れるから、違うものを食べてはいるけれども『この国にとってこの食べ物は日本人でいう納豆みたいなものなのかな』ということがわかる、そういう感覚でしょうか」
和田氏:「そうですね。違うものを食べていても気持ちが通じるようにしたいと思っています。五味に合わせたような表現をしていますが、気持ちだけでコミュニケーションできるようになれたらと願っています。ハッピーな気分とか悲しい気分とか、国を越えてそうなので、食べ物は国を超えて誰でも好きだと思いますので、あとは気持ちだけ通じればいいのかもしれないですね」
石戸:「その味覚の違いを可視化することを通じて、味覚の感情への転換を図る試みということなのかもしれません」
和田氏:「文化を超えた気持ちの通じ合い。『あの人たちはあれを食べるのがそんなに幸せなことなんだ』と見ることができると面白いのではないかと思っています」
石戸:「味覚の後、次に取り組むとしたらなんですか」
和田氏:「食ではないのですが、身体の状態を考えています。自分の心と体が乖離しているときはありますよね。『飲みに行こうよ』と誘われていても体の調子が悪くて飲みたくないと思うと、『今晩は家族が家で待っていて』などとつい嘘をついてしまうこともあるかもしれませんが、『自分の身体の状態が飲めない』ことを可視化する、『私の身体が飲めないと言っている』というように、自分の気持ちと身体が会話するようなコミュニケーションが作れると良いなと考えています。自分の身体の気持ちを視覚化することは実現していきたいと思っています」
石戸:「非常に面白いですね。確かに自分の身体の状況を可視化すると、『今、もの凄く疲れている』など、自分自身の気づきにもなりますし自分の心身の状態に素直になれるかもしれません」
和田氏:「バイタル数値を計測できるモバイル機器はありますが、それよりも『俺の身体が今、悲しんでいる』などとわかって、『おい、大丈夫か』と自分で自分に問いかけて、自分の気持ちと身体とのコミュニケーションまで高めていけば、墓場まで付いてきてくれる友達としての自分のボディができると思っています」
石戸:「ニューロダイバーシティ社会実現に向けてのメッセージや和田先生の研究の今後の展望に向けての抱負を聞かせてください」
和田氏:「ウェルビーイングについて日本人は昔から面白いことを思っていて、岡倉天心の『未完の美』という概念があります。『不完全なものを心の中に完成させる人に見出されるのが真の美である』という意味ですが、心の中に完成を作ることが日本人の美徳のひとつであるし、それがきっと世界にも今後、通じると思っています。日本人はそのような感性を思い出すことで、ニューロダイバーシティのような試みをソフトの領域で推進し、心の中にウェルビーイングを作っていくことができるかもしれません。岡倉天心的にデジタルと心を合わせるところに完成形を作る境地に到達すれば、日本の優位性ができると思っています」