REPORT

同じモノに触れても
感じている世界は違う-
触覚研究が示す多様性の本質

2026年5月1日

B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは、2025年の「みんなの脳世界」で人の触覚に関する出展で注目された名古屋工業大学 教授 田中 由浩氏(▲写真1▲)の取り組みです。田中氏の触覚学研究室(Haptics Lab/ハプティクス研究室)では、主観的な触覚の原理を明らかにし、それを応用した技術で人に優しい持続的・発展的社会を創ることを目指した研究に取り組んでいます。そんな田中氏の研究活動について、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真2▲)がお聞きしました。

▲写真1・名古屋工業大学 大学院 工学研究科 教授 田中 由浩氏▲
▲写真2・B Lab所長 石戸 奈々子▲

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主観的な触覚の原理を解明し
医療・運動支援・デザインなどに応用する

石戸:「田中先生は『触覚』研究の第一人者で、2025年も『みんなの脳世界』にご出展いただきました。その出展内容について、そして日頃取り組まれている研究についてお話を伺えますか」。

田中氏:「名古屋工業大学の触覚学研究室では、B Labが主催する、テクノロジーでちょっと先の未来を体験・共創する産官学民連携のプロジェクト『ちょもろー』に2023年度から出展してきました。そこでは当初、人の触覚の感度を計測する仕組みや、人によってのでこぼこを粗く感じるかざらざらや引っかかりを粗く感じるか『粗さ感』の認識が違うことを可視化して体験できる展示などを紹介しました。(▲写真3▲)

▲写真3・「ちょもろー 2023」での触覚学研究室の展示▲

2024年には、ニューロダイバーシティプロジェクトと慶應大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の身体性メディアプロジェクト(KMD Embodied Media Project)と一緒に、触力検査と題して触覚の感度の調査を出展しました。そして、2025年には『触るって、人それぞれ』というテーマで、『自然ななぞり方』でも指先に生じる振動や力の入れ方などが人によって違うことを可視化したり体験したりすることで、『触覚の個性』を体感できるデモを出展しました。(▲写真4▲)

▲写真4・「ちょもろー 2025」では「触覚の個性」を体感できるデモを出展▲

このように私は、触覚の個人差に興味を持ち、研究を続けてきました。それでは、なぜ触覚の個人差に興味があるのか、個人差を把握できると、どのようなことに活用ができ、どのような未来が拓けるのかについて説明します。

触覚学研究室のミッションは、『主観的な触覚を明らかにし、それを応用した技術により、人に優しい持続的・発展的社会形成に貢献したい』というものです。(▲写真5▲)

▲写真5・田中氏の触覚学研究室のミッション▲

特に『主観的な触覚』に着目しています。感覚とは主観的なものですが、その中でも触覚については、まだあまりよく解明されていない研究領域が多くあります。触覚とは、環境と私たちの身体との力学的な接触にともなう感覚で、とても扱いが難しいことから『主観的な触覚』と呼んでいます。この主観的なところ、個人差について研究することが、人に優しい、持続的・発展的社会形成に繋がっていくだろうと考えています。

次に具体的な取り組みについて説明します。触覚学研究室では、なぜ私たちは触覚を感じているのだろうという『触知覚の原理解明と情報化』に取り組んでいます。触覚の原理解明と、それをもとに触覚を情報化しようという研究です。人が触れて感じる感覚をデザインに応用したり、触覚を医療機器や手術支援、医療福祉関係の運動支援、リハビリテーションに取り入れたり、人と人を触覚で繋げて身体的協調や技能伝承といったコラボレーションができないか、触覚を伝えて情動や行動を誘発するコミュニケーションに活用できないかといった研究に取り組んでいます。(▲写真6▲)

▲写真6・触覚学研究室の取り組み▲

触覚の特徴(内的特性)は
自己言及性と双方向性

次に触覚の個人差に着目した経緯について説明します。私が触覚の研究を深めるきっかけになったのは『Velvet Hand Illusion』と呼ばれる『錯覚』を体験したことでした。これは、ただの金網なのに、ある触り方をすると違った感触が出てくるというものです。金網を片手で触ると確かに金網の触感なのですが、両手で挟んで触ると手と手の間にぬるっとした滑らかな面を感じることができるのです。(▲写真7▲)

▲写真7・金網を使って錯覚を体験するVelvet Hand Illusion▲

アメリカのサンフランシスコのミュージアムにあるのがオリジナルです。ベルベットのような高級な生地の触感を感じることができます。自分の両手での特殊な錯覚ですが、他人の手を使っても同様の感覚が起きることが知られています。これが、いわば触覚の本質で、ここから触覚の研究を深掘りし始めました。(▲写真8▲)

▲写真8・他人の手と自分の手でも同じようにぬるっとした感覚を味わえる▲

触覚研究では通常、粗さや硬さなど対象物の物理特性を計測して評価していくものです。ところがVelvet Hand Illusionの錯覚では金網なのにぬるっとした触感がする、しかも、それが他人を使ったときでも起こっています。つまり、触覚とは対象物そのものではなくて、あくまで自分の身体の変化、皮膚の変形や振動、温度変化をもとに感じるものなのです。そのことから、私は『内的特性』という言い方をしています。

Velvet Hand Illusionでは、金網という対象物に触ってはいるけれど、結局は自分の皮膚の変形、振動から感覚をとっています。これを『自己言及性』としています。(▲写真9▲)

▲写真9・自身の皮膚の変形により対象を知覚している▲

そうなると、指紋のピッチが違ったり、指の硬さが違ったりすれば、そこで起きる力学的な変化も変わってくるので、当然、同じものを触っていたとしても起こる物理現象は違ってきます。つまり、感じ方が異なるのです。私たちは、一人ひとりが『異なる触覚の世界』をそれぞれ持っているのではないかと気づき、興味を持ち研究に取り組むようになりました。

もう一つは、Velvet Hand Illusionでは手を合わせて動かして感じていますが、そこでは触覚と運動の間での双方向性が貢献していると考えています。(▲写真10▲)

▲写真10・自身の皮膚の変形により対象を知覚している▲

手を動かすことで触覚を得ますが、同時に触覚を得ながら手の動かし方も変化させているということ。例えば、赤ちゃんの肌に触れるときに強い力は使わないで優しく触れますが、瞬時に相手が柔らかいと思っているからです。Velvet Hand Illusionでも、みなさんが錯覚を感じるように押しつける力、撫でる速度を変えていて、セルフチューニングしています。そこにも個人差があります。身体と運動は密接で、触覚は力学的なところからも個人差が多いのではないかということで、触覚の個人差に着目し始めました」。

触覚の個人差、多様性を探るための
さまざまな実験に取り組む

田中氏:「いくつか事例を紹介します。例えば、指先の皮膚をピンで突く、皮膚にピンで衝撃を与えると、皮膚が揺れ、振動が皮膚の表面を伝わるように伝播していきます。(▲写真11▲)

▲写真11・皮膚に刺激を与えると振動が伝播する▲

ピンで触ったところだけではなくて、振動が伝播していくのでピンで触れていない部分も振動します。私たちの触覚は敏感なので神経発火が起こります。ここに着目すると、いろいろなデータが収集できるのではないかと考え、ウェアラブル皮膚振動センサーを作りました。(▲写真12▲)

▲写真12・皮膚を伝播する振動を取得するセンサー▲

これは、四角い小さなマットを指先でこする、あるいはなぞったときに指先を伝播していく振動を、指の第一・第二関節の間に巻いたセンサーで取得するものです。指先が直接ものに触れ、それによって伝播する振動を取得するので、触り方でも指の硬さでもデータが変化します。その一期一会こそが『触覚』だと考えています。

その他には簡単な実験もしていて、70種類近くの資料を触ってもらいながら粗さ感を答えてもらうと、皮膚の振動している強度と粗さ感の対応関係を見ることができます。(▲写真13▲)

▲写真13・皮膚の振動と粗さ感の対応関係を探る実験▲

実際のブルーの実測値と赤い推定値の誤差を取ると、上が皮膚の振動で下が表面の凹凸の平均の高さ(算術平均粗さ)なのですが、下の図のピンクのところに着目してもらうと、ピンクが縦に並んでいます。これは何を意味しているかというと、同じ資料を計測器で測ると同じ値を出しますが、人によって感覚が違うので、誤差の大きい人もいれば推定通りの人もいます。一方、上の皮膚の振動の方を見ると、広がっているのが分かります。大きな振動が出る人もいれば、小さな振動の人もいて、エラー値は少なくなっています。触り方や指の皮膚の特性などで変化していて、同じものを触っても粗さ感が違うということが分かります。

また、振動の伝わりやすさを計測した実験では、横軸に周波数、縦軸に伝わりやすさを取ってグラフにしました。(▲写真14▲)

▲写真14・皮膚を伝わる振動の伝わりやすさ▲

大学生29人に調査したところ、高周波になると個人差があり、高周波が伝わりやすい人と伝わりにくい人が出てきます。高周波の伝わりやすさを指先の感度との関係で確認すると相関があり、高周波が伝わりやすい人は敏感という結果になりました。これは機械的な特性ですが、皮膚の力学特性でも感度と関係があるというのが分かります。

経験則的にも分かると思うのですが、高齢者と若者の摩擦係数を測ってみると、やはり高齢者の方が若者よりも摩擦係数が小さくなっています。指の硬さを測ってみると、高齢者の方が指が固くなっています。皮膚の振動も、それだけ小さくなっていて、そうすると鈍くなります。ものの操作がやりにくくなり、例えば袋を開けられないといったことも出てきます。個人差だけでなく年齢に応じても触覚は変わってくるのです。

実際の実験で、例えばAとBの粗さを比較する実験やAとBとを識別する実験などを実施すると、比較する実験では早くなぞり、識別する実験ではゆっくりとなぞるというように、身体が目的や課題に応じて適応することも分かってきました。このように感覚はすごく複雑なのです。

触覚の個人差はグラデーション
多様性の幅が広い

最近の実験についてもお話しします。押し付け力について、人によってかなり違っていることが分かっていましたが、この違いは何が原因なのかを研究してみたら、特に『なぞり』のときの力加減に差があることが分かりました。(▲写真15▲)

▲写真15・指の硬さと押し付け力に関係があることが分かった▲

さらに調べてみると、指の硬さと関係があることが分かりました。20代の大学生を対象に実験したところ、指が固い人ほど押し付け力が強くなり、指が柔らかい人ほど優しく触れるということが分かりました。人によって触り方も違って、それが自分の身体の状態とも関係性を持っていることが分かりました。

次に粗さ感に関する実験です。粗さ感には、時間の情報(振動)と空間的な凸凹の情報、摩擦係数の情報が影響しています。(▲写真16▲)

▲写真16・粗さ感は何で弁別しているのか▲

先行研究として100ミクロンから200ミクロンくらいの細かなピッチがあって、それより大きいときはなぞり運動とただ触れるだけの感度が変わらないという結果があります。なぞり運動を必要としない場合は、おもに空間情報が支配的と考えられます。しかし、実際の粗さ感との対応関係を見ると、人によって空間を大事にする人と振動や摩擦を使う人がいて、そのウェイトが違っているということが結果として出てきました。

つまり、ラフやスムースと聞いても、人それぞれで評価基準が違っていて、それがグラデーションになっているのです。それくらい多様性があるということが分かり、評価するときには注意をしなくてはいけないと思っています。(▲写真17▲)

▲写真17・人によって評価基準が異なりグラデーションのようになっている▲

このように、触覚の個人差に興味を持って研究を続けてきました。研究を通じて、力学的な皮膚の特性との関係性や運動の個人差との関係性が分かってきて非常に興味深いです。感度の違いも影響しますし、知覚の違い、情報統合の違いも出てきて、それぞれが連関していると思います。それらを研究して、人の触覚の世界を見たいと思っています。(▲写真18▲)

▲写真18・皮膚特性や運動の個人差など触覚の個人差はさまざまな要因が影響する▲

そして、さらには『触覚の個人差の体験』もしたいと思っているので、触覚の共有装置を作って、センサーで触った情報を他の人に共有する研究にも取り組んでいます。(▲写真19▲)

▲写真19・センサーで触覚を他人と共有する試み▲

共有装置を活用してみると、子どもは小さな指なのに与える振動がけっこう大きい、女性はタッチが柔らかい、同じ男性同士でも低周波の振動を感じる人とそうでない人がいるといったことを共有できて興味深いです。こういった触覚は運動とも関係するので、例えばリハビリテーションに取り入れたり、人とロボットの協調作業に使ったりもできます。他の人の触覚というものを知ることができると、技能トレーニングやリハビリのような能力の改善などにも応用できると考えています。このように、主観的な触覚が分かるようになると、人の技や感性をもっと知ることができるようになって、それを使った技術が出てくるのではないかと考えて研究しています」。

触覚には質的な個人差があり
定量的に捉えるのは難しい

石戸:「いま、田中先生、そしてKMDの南澤先生と一緒に触力検査の開発に取り組んでおりますが、私は触覚の専門家ではありませんので、田中先生とお話しする中で、触覚とは非常に奥深く、魅力的な世界であると魅了されています。本日はぜひ、さまざまな観点からお話を伺えればと思います。

まず、触覚は身体性や主観性が強く関わる感覚だと改めて感じましたが、視覚や聴覚と比較しても、個人差が大きい感覚だと言えるのでしょうか」。

田中氏:「個人差をまだ定量的に把握できていないので、視覚や聴覚と比べて大きいかどうかを示すのは難しいと思っています。例えば、視覚だと私もコンタクトレンズをしていて、これを外すと0.1以下になってしまうので、全然、見えないです。触覚でもそれくらいのダイバーシティがあるかどうかというと、そもそもモダリティが違うのでまだ分からないのが正直なところです。ただ個人的には、感度を測ってみても人によって違いますし、触覚は特にざらざら、つるつる、しっとり、さらさらなど解釈が入ってくるところでも個人差があります。量的ではなく質的に個人差があるのではないかと思っています」。

石戸:「視覚であれば『赤』『青』、聴覚であれば『高い音』『低い音』というように、ある程度のカテゴリーで捉えることができますよね。一方で、触覚にはそのような明確な区分がなく、個人差があることは理解できても、その差がどの程度のものなのかは伝わりにくいと感じています。

視力であれば『この視力なら眼鏡をかけたほうがよい』といった形で、困っている方に対して具体的な提案も可能です。しかし、触覚の違いについては、その差自体を共有することが難しいように思います。こうした個人差を伝える際、普段どのような表現や方法を用いられているのでしょうか」。

田中氏:「基本的にはいろいろな周波数に対して感度を測定する方法があります。簡単に言うと、振動をだんだん大きくしたり小さくしたりして、その振動が分かるか分からないかということで、振動の振幅から触覚の感度はこれくらいですねと測る方法です。そうした測り方で、実験では個人差をなるべくなくすために調整しています」。

石戸:「触覚の違いは、これまで社会の中であまり意識されてこなかったのではないかと感じています。例えばコロナ禍では、肌の触覚が過敏であることなどを理由にマスクを着けられない方がいらっしゃいましたが、当初はそれが理解されず、『わがまま』と受け取られてしまう場面もありました。また学校現場においても、感覚過敏などを理由に制服を着ることが難しい子どもがいますが、こうした事情も十分に共有されているとは言いがたい状況にあるように思います。

コロナをきっかけに『感覚過敏』という言葉自体は以前と比較して知られるようになった印象がありますが、そもそも触覚の違いがこれまで社会の中であまり意識されてこなかったのは、視覚や聴覚に比べて研究が十分に進んでこなかった領域であることが背景にあるのでしょうか。それとも、他にも要因があるのでしょうか」。

田中氏:「研究が進んでこなかったというのは言えると思います。触覚の研究はどうしても刺激を与えることが必要です。そうするとロボティクスやメカトロニクスの領域の発展が必要で、そういったこともあって遅れているのかなと感じています。あとは複雑さも問題です。ざらざら、つるつるでも人によって感じ方が違う可能性があって、そこが視覚や聴覚と違うところです。視覚はRGB(光の三原色)が分かりやすくて、この色とこの色を足し算すれば望む色を出せるというのがあります。一方、触覚でそういうことができるかというと、現状では難しいです。このスライドを見て私はなるほどなと思ったのですが、色は赤、緑、青と連続的に変えられます。(▲写真20▲)

▲写真20・視覚には連続性があるが触覚は難しい▲

しかし、テクスチャーでいうと、ざらざらやでこぼこがあって、さらさら、つるつるなどもあり、ボリュームを変えていったら間にしっとりが存在するかというと、ちょっと違います。そう考えると、パラメーターを増やしていけば、それらをパラメトリックに連続で示して触覚を表現できるかというと、現状では難しいのではないかと思っています。感覚は自分の身体を通じてカテゴライズしていく経験が大事です。視覚なら視力として数値化して表現すれば、ある程度、個人差を量的に把握できます。触覚は連続量として記述することがまだ難しいので、例えば振動に対して『あなたの感度は、これくらいです』と言えたとしても、じつは、『ざらざらにはすごく過敏』など違う感度で表現しないといけないかもしれません。触覚の感度をしっかり扱えていない部分だと思っています」。

石戸:「触覚を表現する際には、オノマトペが多く用いられますよね。日本語は特にオノマトペが豊かな言語ですので、触覚を表現する上では比較的有利なのではないかと感じています。一方で、海外では触覚をどのように表現しているのか、興味を持つこともあります。この点について、どのようにお考えでしょうか」。

田中氏:「そうですね。豊かなのか曖昧なのか難しいのですが、例えば海外だとシルキーとかミルキーなどと、物体のイメージでそのまま表現します。ある意味では正しいと言えます。オノマトペは日本的だと思うので、表現の豊かさはあるけれど、曖昧性を持っていると思います」。

多様性という視点から
触覚の個人差を強みとして捉える

石戸:「触覚を意識するきっかけが、コロナ禍であったという方も少なくないのではないかと感じています。触覚過敏や触覚鈍麻といった言葉も広く知られるようになりましたが、こうした違いは研究の観点からはどのように捉えられているのでしょうか。触覚の過敏性と鈍麻性は、それぞれどのような違いとして理解されているのか、お聞かせいただけますでしょうか」。

田中氏:「触覚と痛みが繋がってしまって、触覚から痛みに転じてしまう、そういったことが過敏性にはあるかもしれません。もちろん、単純に感度が高い低いというのもあります。鈍麻では、例えば脳卒中の人が鈍麻になるケースがありますが、神経科学や脳科学が過敏や鈍麻の判断に影響していると思います。いろいろなレイヤーで鈍麻や過敏が混在しているので、一様には言えないと思います。例えば、皮膚が弱いと過敏になります。触覚は力加減や身体の動かし方に密接に関係します。単に触覚が過敏か鈍麻かだけではなくて、基本的に自分の行動に結びついてくるので、そこがもう少し分かるようになってくると、技術もマテリアルも変わってくるのではないかと思います」。

石戸:「触覚の過敏性や鈍麻は、これまで比較的『困りごと』として捉えられることが多かったように思います。例えば、着るものに困るといった日常生活への影響も指摘されています。

その点について、二つお伺いさせてください。一つは、視力に課題がある場合には眼鏡をかけるといった対処法がありますが、触覚に関する困りごとがある場合には、どのような対処方法が考えられるのでしょうか。もう一つは、これまで困りごととして捉えられてきた触覚の違いも、多様性という視点から見れば『個性』や『強み』として捉えることができるのではないかと感じています。触覚の個人差を強みとして活かすとすれば、どのような方向性が考えられるのか、先生のお考えをお聞かせください」。

田中氏:「マテリアルでは摩擦の少ない素材も開発されています。また、脳卒中で触感が鈍麻した方のリハビリテーションでは、鈍いほうの手にセンサーをつけて、そこで取得した振動などを鈍くない他の場所に送ってあげるとだんだんと自分の指先の感覚が分かるようになってきます。感覚だけではなくて手先の器用さなども改善が見られています。

敏感な人に関しては、刺激そのものを少なくしたり、マスクをするなどして刺激を鈍くしたりすることが効果的とは思いますが、そこに触覚の難しさがあります。接触や刺激が基本的に必要なので、難しいですね。鈍麻や過敏への対処法やアプローチとして考えると良いと思っているのは、触覚の錯覚です。これは、Size-Weight Illusionというもので、同じ質量なのに大きさを変えると重さ感が変わるというものです。(▲写真21▲)

▲写真21・触覚の錯覚を体験できる仕掛け▲

こうした錯覚をうまく使うことは、今後あり得るアプローチではないかと考えています。

2つめの質問については、本当にご指摘の通りだと思います。具体的にこういった事例がありますと示すことはできないのですが、触覚の感度が高いのは、それだけで能力だと思うので、ものを作ったり何か表現したりするときに強みになるのではないかと思っています」。

石戸:「確かに、音の過敏性がピアノの調律に活かされたり、嗅覚の鋭さが香水づくりに適していたりするように、触覚の過敏性も、細やかな作業などにおいて特性として活かされる可能性は十分にあるのではないかと感じました。そうした意味では、触覚の個人差が職業的な適性や強みに結びついていくことも考えられるのではないかと思います。

あわせて、触覚研究が今後どのような社会応用に繋がっていくのかについてもお伺いしたいと思います。例えばプロダクトデザインの分野において、触覚に関する知見がどのように活かされ、どのような変化をもたらしていくのか、ぜひお聞かせいただけますでしょうか」。

田中氏:「触覚には指の硬さも関係してきます。年齢を重ねると指はどうしても硬くなってきて、そうするとモノを触るときなどの力加減が強くなってくると思われます。そういった触覚の個人差が分かってくると、触り心地だけではなくて握り方などの運動とも関連させて、使い心地に影響したデザインができるようになってくると思います。あと、先ほどの錯覚でいうと、例えばプラスチックの表面に幾何学的な凹みをつけてあげると、レザーのような触感が出せます。(▲写真22▲)

▲写真22・プラスチックだけれどレザーの感覚が出せる素材▲

しっかり握れて硬いものは壊れにくいのですが、触感としては硬いのはあまり触り心地が良くないですよね。かといって、柔らかくふにゃふにゃにすると壊れやすい。しかし、物理量と感覚量をノットイコールで考えましょうとすると、しっかり握れて触感としてはレザーに近くて心地よい、こういう設計ができてきます。これを利用すると、これまでトレードオフで解決できないと思っていた問題も解決できます。こういったところに触覚の知見や個人差が使えてくるのではないかと思っています」。

自分が感じている世界が
唯一ではないという気づきを

石戸:「感覚過敏のある方の中には、『この素材の服は着られるが、この素材は難しい』といった違いをお持ちの方もいらっしゃいます。そうした観点からすると、将来的には、購入前の段階で『こうした触覚特性の方にはこの素材が適している』といったことが分かるようになる可能性もあるのでしょうか」。

田中氏:「スケールの大きな目標ですが、まさにそうです。ラフ、スムースと言ってしまうと簡単なのですが、けっこう人によって凸凹をラフと考える人、触ったときのざらざらの振動をラフと考える人など、ウェイトがあるということも分かってきています。振動が苦手な人にはこうしてあげましょうなど、ラフ、スムースとひと括りにしないで細かく見てあげると選択肢が増えてきます。そういうことをしたいと私も考えています」。

石戸:「『ざらざら』という表現一つをとっても、その感じ方や定義は人によって異なるため、同じ言葉を使っていても、実際には同じ感覚を指しているとは限らない、ということですね」。

田中氏:「ざらざらに関しては少しずつ分かっていますが、でこぼこはどうなのか、しっとりはどうなのかとなってくると本当に多様です。どうやって解決できるかと思いながら、粛々とやっているところです。

ただし、心地良さには、もちろんいろいろな心地良さがありますが、それでも心地良さにはいくつか共通点があると思っています。一つひとつのケーススタディも大事ですが、それを網羅して共通するものを見出していくのも大事だと思っています。最近はそういう取り組みも始めています。

具体的には、脳科学のアプローチでは心地良さにどういう共通項があるか。力学的な視点での私の経験則ですが、人肌は心地良いですよね。自分の皮膚と相手の皮膚が触れ合ったときに、同じ皮膚同士なので硬さも温度も似ています。そうすると、お互いうまく調和し合っていて温度の変化も起きないので、接触はあるけれど境界が曖昧です。この境界が曖昧になるという現象をうまく作ってあげると、心地良くよくなるのではないかと考えています。

例えば、ユニ・チャームとの共同研究では、肌に触れて心地良いおむつの原理を探求しました。よく見ると母指球にも刺激が生まれる構造で、指先の感覚も良い感じになります。ゼブラとの共同研究でも、ボールペンの書き心地を良くしようと思ったら、通常、インクの摩擦を減らすか握る部分を柔らかくするかを考えます。ところが、我々は直接触れない部分、ノックの部分の振動を固定することに取り組みました。共通する心地良くする要素があるのではないかと思っていて、そういうアプローチも試みています」。

石戸:「非常に面白いですね。触覚研究が適用され得る範囲の広さを改めて実感いたしました。

現在の社会は、いわば『平均』という前提に基づいて設計されている部分が多いように思います。触覚についても、無意識のうちに平均的な感覚が前提とされている場面が少なくないのではないでしょうか。

こうした前提を見直し、一人ひとりの感覚の違いを前提とした社会へとリデザインしていくとしたときに、現状においてどのようなズレが生じているとお感じでしょうか。また、そのズレを是正していくためには、どのような領域から着手していくことが重要だとお考えでしょうか」。

田中氏:「本来、触覚の中には技と感性があって、それがもう少し分かってくるとモノの捉え方が多様に感じられるようになります。例えば、職人の触覚の世界は私たちとは違うので、それが感じられるようになったらもっと豊かに世の中を見られるようになります。行動についても繊細な人もいればラフな人もいます。そういうことが分かってくると、さまざまなモノの設計も変わってくると思います。

私は触覚だけではなくて行動や運動と繋げて考えていくことが、応用を広げるという意味では大事だと思います。感覚は行動として出てくるので、触覚と運動や行動をリンクさせて、そこにどのような多様性があるかを見ていくと、理解と設計が進むのではないかと思っています」。

石戸:「触覚は非常に興味深い一方で、まだ十分には知られていない領域であると改めて感じました。だからこそ、感覚の多様性を前提とした社会のデザインとは何かを、より多くの方々に知っていただくことが重要だと感じています。

田中先生のお話を伺う中で、多様性にはさまざまな力や特性を持つ人がいるという捉え方がある一方で、一人ひとりが異なる世界の捉え方をしているという意味での多様性も、非常に興味深い視点であると感じました。同じ世界を共有しているように見えて、実はそれぞれが異なる感覚世界を生きている。まさに『みんなの脳世界』が示そうとしている世界観そのものだと思います。

田中先生は触覚という切り口から、そのような世界のあり方を提示されているのではないかと感じましたが、今後、さらにその先のステップとして取り組みたいとお考えのことがあれば、ぜひお聞かせいただけますでしょうか」。

田中氏:「私も触覚を通じて、みんなが違う世界を見ているのではないかなと思っています。これから先については、二つやりたいことがあります。一つは、とにかく深掘りしていきたいと思っています。なぜ、いろいろなモノの触覚に対して違いが生じているのか、その因果関係の解明や、個人差があるところと共通なところの分析などを基礎研究として手がけていきたいです。もう一つは、応用です。狙っているのは世界観で、触覚は経験と密接だと思います。経験することで次の触覚の感度と行動に結びついていくので、世界観がシェアできるような触覚の共有には挑戦していきたいと思っています」。

石戸:「今のお話とも重なる部分があるかと思いますが、最後に、ニューロダイバーシティ社会の実現に向けて、一言メッセージをいただけますでしょうか」。

田中氏:「多様性はすごく難しい問題だと思います。ただし、それに取り組むことで得られるベネフィットは大きいと思っています。触覚も個人差の研究はそれほどされていなかったのですが、私の感覚としても増えている印象があります。それによって新しい知見をはじめ、研究にも多様性が生まれています。多様性は社会を豊かにする重要な要素です。ぜひ、触覚だけではなくいろいろな多様性を知って、社会に活かしていきたいと思います」。

石戸:「田中先生のご研究は、自分が感じている世界が決して唯一ではないという気づきそのものを示してくださるものだと感じました。触覚という切り口から、ニューロダイバーシティとは何かを理解する大きな手がかりをいただいたように思います。本日は貴重なお話をありがとうございました」。