REPORT

視覚障がい者の一人歩きを支援する
「コード化点字ブロック」が拓く未来都市

2026年1月14日

B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは「みんなの脳世界」に2025年に初出展された金沢工業大学 情報理工学部 知能情報システム学科 教授 松井くにお氏(▲写真1▲)の取り組みです。松井くにお研究室では、街中の点字ブロックにスマートフォンをかざすと周辺の情報を音声で取得できる「コード化点字ブロック」の開発と社会実装に取り組んでいます。視覚障がい者の一人歩きを支援する松井氏の研究について、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真2▲)がお聞きしました。

▲写真1・金沢工業大学 情報理工学部 知能情報システム学科 教授 松井くにお氏▲
▲写真2・B Lab所長 石戸 奈々子▲

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特殊な点字ブロックや弱視眼鏡で
「見えない世界」を体験

石戸:「松井先生は今年初めて『みんなの脳世界』に出展いただきました。どのような出展をされたのか、また普段どのような研究をされているのかについてお聞かせください」。

松井氏:「普段は街中で見かける点字ブロックにスマートフォンをかざすと音声案内で情報を提供してくれる特殊なブロックを開発し、目の見えない、もしくは見えにくい人たちの一人歩きを支援する研究をしています。点字ブロックには2種類あるのをご存じですか。幅数センチのタテの線が盛り上がっていて進む方向を示している誘導ブロックと、丸いボツボツで止まる場所、注意が必要な場所であることを知らせる警告ブロックです。

この警告ブロックに三角や黒丸のマーキング(コード化)を施して、スマートフォンの専用アプリで読み取ることで、現在位置や周辺情報を音声で案内してくれる『コード化点字ブロック』を開発しました。マーキングパターンの違いによって案内される情報を変えられるようにしています。

2025年の『みんなの脳世界』では、これらの研究成果を踏まえ『見えない世界を体験しよう』というテーマで展示をしました。例えば、見えにくい世界を体験していただくための『弱視眼鏡』は、100円ショップで購入した度のない眼鏡に、曇りガラスのようなビニールを貼り付けて、視界が非常にスモーキーになるようにした眼鏡です。来場者に『弱視眼鏡』をつけてもらい、『どの色が見えやすいか』、『どのような色の組み合わせが分かりやすいか』といったことを体験してもらいました。

こうして『文字として読みやすい・見えやすいもの』と『点字ブロックとして見えやすい・見えにくいもの』の両方を体験してもらった後に、実際に弱視体験眼鏡をかけてコード化点字ブロックの上を歩いてもらいました。

多くの人は『見えない世界』がどういうものか分からないので、最初はすごく怖いと感じるようです。白杖を持って点字ブロックをたどる人たちに寄り添っていると、コード化点字ブロックの音声案内を聞いたときに、皆さんが少しほっとされるような感じが伝わってきました。『前に3m行くと、もう一つ点字ブロックあります』、『右側はつき当たりです』というように周辺情報を案内してくれるので、『なるほど、目の見えにくい、もしくは見えない人たちには、こうした音の情報が、非常に支えになり、頼りになるのだ』ということが分かります。それを200人の参加者に体験をしてもらいました。

体験後のアンケートデータも貴重なものとなりました。我々は数百人単位でアンケートを取ったことがないので、今後の研究に非常に役立ちます。何よりも、参加した子どもたちが見えにくい世界を知り『点字ブロックは何のためにあるのだろう』、『目が見えない人たちはどうやって歩いているのだろう』、『どういう手助けができるのだろう』といったことを考えるきっかけになったことは研究の大きな励みになりました。

このように子どもたちに体験してもらうとともに、研究開発チームにとっても非常に有意義な体験ができたのが、今回のニューロダイバーシティの出展で感じたことです」。

点字ブロックから周辺情報が分かれば
視覚障がい者の一人歩きに役立つ

石戸:「街中や駅のホームで日常的に目にしている点字ブロックは 、『そういうもの』として存在が当たり前になっており、私自身もどこかで『すでに完成されたインフラ』だと無意識に捉えていました。だからこそ、そこにコード化という発想を重ね、新たな機能や意味を与えるという松井先生の研究に触れ、改めて大きな驚きと面白さを感じています。

点字ブロックは、日本で生まれ、世界へと広がっていった技術でもありますよね。あらためて、その誕生の背景やこれまでの歩み、そして現在抱えている課題についてお聞かせください。そのうえで、先生ご自身が点字ブロックをもう一度問い直し、コード化点字ブロックの研究に取り組まれるに至った経緯や問題意識についても、ぜひお話しいただければと思います」。

松井氏:「ご指摘の通り点字ブロックは日本発祥です。1967年に岡山市の岡山盲学校のそばの原尾島交差点に世界で初めて設置されました。実業家の三宅 精一氏が、盲学校に通う生徒たちがまっすぐに歩くことができる道標を作れないかと考えたのがきっかけです。その後、1970年に大阪で開かれた日本万国博覧会で点字ブロックが注目され、それから日本全国へと広まっていきました。

現在では世界のさまざまな国で使用されています。日本とは形状が違うものもありますが、足で触る、白杖で触って歩くという点字ブロックの考え方は世界中に広まっています。

点字ブロックが抱えている課題は、冒頭にもお話した通り、2種類しかないことです。つまり、進行方向を知らせる、危険・注意を促すなど2種類の情報しか提供できないということが、目が見えない、見えにくい方々にとっての大きな不満になっていました。もっとたくさんの情報が提供されれば、それらを活用して一人歩きがもっとスムーズになるのにというわけです。

例えば『まっすぐ行くと何があるのだろう』、『右は横断歩道があるから、気をつけなければいけない』といった、点字ブロックの周辺情報を伝えることは、目の見えない、見えにくい方々の単独歩行に役に立ちます。そのことを念頭にこれまでコード化点字ブロックの開発を進めてきました(▲写真3▲)。

▲写真3・コード化点字ブロックについて説明する松井氏▲

ただ、点字ブロックに電子的な機器を埋め込んだりハイテクを搭載したりすると、例えばバッテリーの搭載・交換が必要になるなど、さまざまなかたちでメンテナンスをしなければならなくなるでしょう。そういったことを考えると、単純に電子的な機器を埋め込むことは難しく、ハイテクなものを導入すれば良いというわけではないということが分かってきました。

そこで、点字ブロックそのものは現状の「ローテクな点字ブロック」をそのまま使い、それにマーキングをするだけという最低限度の加工を施し、それをハイテクのスマートフォンで読み取るということを考えました。

メンテナンスが必要なものはローテク、我々が改良していくものはハイテクというように分けることでコード化点字ブロックが生まれたのです」。

コード化された点字ブロックを
「都市インフラ」として組み込んでいく

石戸:「点字ブロックは、近年は海外でも少しずつ導入が進んでいると伺っていますが、実際には、現在どの程度まで普及しているのでしょうか。また、点字ブロックが十分に整備されていない都市では、視覚障がいのある方々の移動や情報取得を、どのような仕組みで支えているのでしょうか。

先生のご研究は、点字ブロックがすでに都市インフラとして存在していることを前提に、それをいかに多機能化するかという視点から展開されているように感じています。一方で、視覚障がい者への情報提供の方法は、必ずしも点字ブロックに限らない可能性もあり、他の情報提供の方法にも関心があります。その観点から、海外ではどのような情報提供手法が用いられているのか、また点字ブロックがない場合には、どのような代替的アプローチが考えられているのかを教えてください。そのうえで、さまざまな選択肢がある中で、最終的に、点字ブロックをコード化するというアプローチに至った背景や理由について、先生のお考えをお聞かせいただければと思います」。

松井氏:「まず海外では、特に欧米では一人で歩くということは少なく、必ず同行援護者がつき添うことが多いと聞いています。逆に言うと、なかなか『一人で歩きたい』という願望が叶えられていないというのが現状のようです。

点字ブロック以外の情報提供の方法ではGPSの活用があります。ただし、現在のGPSは10mくらいの誤差があります。例えば、横断歩道の位置を10m間違って伝えられてしまうと、車にはねられてしまいますよね。

我々もGPSには注目していますが、現時点では誤差が大きな問題です。10年以内には数cmくらいの誤差になると思っていますが、そうなったときにGPSと点字ブロックの両方を合わせることで、もっと広範囲で、かつ自由に歩けるような場所が広がっていくのではないかと思っています」。

石戸:「お話を伺う中で、点字ブロックにコードを埋め込むという発想は、視覚障がい支援にとどまらず、都市インフラのさまざまな領域へ応用可能なアプローチではないかと感じました。今回は、視覚障がいのある方々への支援として点字ブロックというメディアが選ばれていますが、社会には視覚以外にも、聴覚や認知など、多様な特性や障がいを持つ方々がいらっしゃいます。この研究の発展形として、そうした他の障がいや認知特性への応用はどのように考えられるでしょうか。また、『コードを埋め込む』という発想を都市との関係性で捉えたとき、今後どのような展開や可能性があり得るとお考えでしょうか」。

松井氏:「石戸さんは今、『コードを埋め込む』とおっしゃいましたが、我々は『IDをばら撒いている』と考えています。IDをばら撒いているわけですから、これはコード化点字ブロック用のアプリでなくても使えます。警告ブロックには25個の突起があるので、それらを使って約3000万通りのマーキングパターンを作れます。

ただし、3000万種類の情報でも足りないと感じています。そこで、IDとGPSと組み合わせて『東京の520番』とか『金沢の520番』のように、地域IDとパターンIDとの組み合わせを作っていけば、無限にIDが広がっていきます。そういう意味では、ばら撒いたIDを誰もがさまざまなアプリで使えるようになる、そんなことができるようになる姿を発展型として考えられたら素晴らしいと思っています。

我々が今、埋め込んでいるIDは緯度経度情報を小数第7位まで、誤差が約30センチ程度の位置情報と一緒に合わせて持っています。これをオープンデータとして皆さんに活用してもらう。まずはそれが将来のかたちではないかと思っています」。

石戸:「都市空間にIDをばら撒き、それを誰もがさまざまなアプリケーションから参照・活用できる基盤を作ろうとされているのだと理解しました。これは、都市そのものを情報プラットフォームとして再定義する試みのようにも感じます。こうした仕組みについて、国内外では他にどのような研究や実践が進んでいるのでしょうか。また、先生のご研究と近接する、あるいは刺激を受けている分野や事例があれば、ぜひ教えてください」。

松井氏:「ゲームのポケモンGOは、街中などのある場所に情報を埋め込むことで、そこからさまざまな情報を引き出すことができます。コード化点字ブロックは歩道に埋め込んでいるので、どうしても営業的な情報を入れることができないのですが、もっとプライベートな場所に埋め込んでいけば、いろいろと営業的な情報も入れることができますし、ゲーム的な要素もたくさん入れることができると思います。

我々が実施しているのは単純なIDのばら撒きであって、そのIDが『この場所では、こんなことができるようになる』と考えるのはアプリ側です。そう考えると、さまざまなアプリが開発され、それらが広がっていくのではないかと思います」。

GPSと組み合わせてコストを抑えた
「コード化しないコード化点字ブロック」

石戸:「実際の開発にあたっては、当事者の方々とも継続的に対話を重ねながら進めてこられたのではないかと思います。その中で、コード化点字ブロックの導入によって、当事者の方々の行動や移動のあり方に、これまでとは異なる変化は見られたのでしょうか。また、そうした行動変容や現場での反応を通じて、先生ご自身の研究において新たに見えてきた問いや、次の研究につながる発見があれば、ぜひお聞かせください」。

松井氏:「我々開発チームでは『インクルーシブデザイン』を重要視しています。当事者の方々に我々が作ったものを使っていただき、そこからいろいろなフィードバックを得て、さらに開発を進める、それが非常に良いサイクルとなっていると感じています。

例えば、最近のスマートフォンには、目の見えない、見えにくい人たちのために『ボイスオーバー』や『トークバック』と呼ばれる、情報を読み上げてくれる機能が搭載されています。我々が開発したアプリでもこういった機能を使えるようになること、つまり、当事者の方々が普段使いしている機能の延長線上で、我々のアプリも使えるようになることがとても重要であるというご意見をいただきました。まさに、その通りだと思います。

さらにコード化点字ブロックが、どこにあったら便利かとお聞きしたところ、よく声があがるのが公共のトイレです。じつは、目が見えない、見えにくい方々にとってトイレは非常に重要な問題です。まず、男子トイレか女子トイレかが分からないと、男性が女性用トイレに入ってしまう、あるいはその反対といった間違いが起こります。これを一度、経験してしまうとそれがトラウマになってしまい、公共のトイレに入れなくなってしまうとも聞きました。

さらには、トイレに入ってからも大きな問題があります。便器の種類や個室の場所などが分からないことです。トイレの中には点字ブロックがないため、うまく誘導してもらえないのです。ようやく個室に到達しても、用を足し終えた後に水洗ボタンの位置や形状が分からないことがあります。じつは、トイレには標準的な作りが決まっているわけではなく、ボタンの位置や操作がトイレによって異なります。トイレごとに仕様が違うので『トイレに行くまで』、『行ってから』、『個室に入ってから』のそれぞれの場面で困ることがあると当事者の方々から聞いています。

私たちの研究チームでは、コード化点字ブロックだけでなく、他のものもいろいろ組み合わせながら、こういった問題を解決していくことが大切だと考えています」。

石戸:「日本では、点字ブロックは不可欠な都市インフラとして広く認知され、整備が進んできたように思います。一方で海外では、設置や維持にかかるコストが一因となり、導入が十分に進んでいないケースも多いのではないかと推察します。そうしたコストの議論を乗り越えて点字ブロックがさらに広がっていくためには、先生が冒頭でお話しされていたように、多機能化によって付加価値を高めていくという視点が重要になるのではないでしょうか。この点について、先生はどのようにお考えでしょうか。

『みんなの脳世界』の会場となる建物や、その周辺の街並みも、全てのアクセシビリティが十分に整っているわけではなく、運営側としてどのように対応すべきか悩む場面が少なくありません。点字ブロックが設置されていない環境においても、困りごとを減らし、必要な情報を適切に届けていくために、どのような工夫やアプローチが考えられるのか。先生がこれまでのご経験や研究を通してお持ちのアイデアがあれば、ぜひお聞かせいただければと思います」。

松井氏:「我々も点字ブロックを広げていくことは非常に大切なことだと考えています。広げていくには『範囲を広げる』と『皆さんに知ってもらう』の二つがポイントになります。一つめの『範囲を広げる』という視点では、点字ブロックをコード化していくことが考えられます。コード化はコストを抑えて付加価値を高めることができますが、大量の点字ブロックをコード化するのは大変です。

そこで『コード化しない』かたちでさまざまな情報提供を実現できないかと考えています。その方法の一つがGPSの活用です。先ほどは現在のGPSは精度が問題と説明しましたが、精度を高める技術はすでにあります。また、GPSの精度が高まれば、点字ブロックが不要になるのではないかと考える向きもありますが、目に見えない、見にくい人たちが『触りながらまっすぐ歩く』ときや、『この地点で情報が知りたい』といったことを判別するのに点字ブロックはやはり必要です。

そこで、GPSと組み合わせて『コード化しないコード化点字ブロック』という、要するにコード化しなくても、コード化点字ブロックと同じような情報が得られるような開発に取り組んでいます。さらに、入手する情報を今は人力の作業で作っていますが、生成AIを活用して地図上から自動的に案内情報を作ることにも取り組んでいます。現状では、うまくいきそうな感触で、コード化しなくても自動生成された情報をポイントごとに得られるようになりそうです。これらが可能になれば、これまでよりもコストも非常に抑えられ、急速に利用範囲が広がっていくと期待しています」。

街にあふれるさまざまな情報から
必要な情報をフィルタリングできる社会へ

石戸:「『みんなの脳世界』では、脳の多様性を重要なテーマの一つとして扱っています。ニューロダイバージェントの方々の中には、都市空間における情報量や刺激の強さに大きな負担を感じている方も少なくありません。光や音、サインや表示といった情報が過剰にあふれる環境の中で、刺激が強すぎて移動や滞在そのものが辛いと感じるケースも多く見られます。こうした『都市の情報負荷』をいかにコントロールするかという視点から見たとき、工学的にはどのようなアプローチや設計の可能性があるとお考えでしょうか。先生のこれまでの研究やご経験を踏まえて、お考えをお聞かせいただければと思います」。(▲写真4▲)。

▲写真4・都市空間の情報コントロールについて尋ねるBlab 石戸 奈々子▲

松井氏:「私は自然言語処理を専門としており、1980年代から自動翻訳の研究開発に携わってきました。その自然言語処理においては、情報のフィルタリングがある程度できると考えています。自分が欲しい情報、例えば『道案内のための情報』『この辺りの歴史に関する情報』などをフィルタリングして抽出することができます。そこで、まずは利用者側に自分の欲しい情報だけを得られるようなフィルタリング機能を提供することが必要だと思います。

どのようにフィルタリングするかは、さまざまな当事者の方々から意見を聞くなどしながら判断していかなくてはなりませんが、技術的にはフィルタリングをすることで情報過多の問題をある程度までは解決できるのではないかと考えています」。

石戸:「非常に興味深いお話です。今回の展示では、主に視覚障がいのある方々を対象とした取り組みが紹介されていましたが、社会には他にも、注意の切り替えが難しい方や方向感覚に不安を抱える方、日本語を母語としないために言語的な壁を感じている方など、さまざまな特性や背景を持つ人々がいます。そうした多様な人々が、過度に迷ったり不安を感じたりすることなく移動できる都市を実現していくことも、今後ますます重要になってくるように感じます。都市を情報空間として捉えたとき、これからの都市はどのように情報を設計し、提示していくべきなのでしょうか。先生が思い描く、これからの都市や情報空間のあり方について、お考えをお聞かせください」。

松井氏:「これは難しい質問ですね。私は基本的に情報というものは、あればあるだけ良いと思っています。そして、基本的には使う人が使う情報を選べることができれば良いと考えています。存在しない情報を入手するのは非常に困難ですが、すでにある情報をフィルタリングするのであれば技術的に可能で実用的です。

情報はできる限り膨らませていきつつ、その中で本当に自分に必要な情報をパーソナライズして収集できる技術により、都市の情報の中から自分に必要なものだけを選んでいくという世界を実現できれば、それが未来都市のあり方ではないかと思います」。

石戸:「ニューロダイバーシティのプロジェクトでは、『一人ひとりが多様である以上、選択肢は多いほうがよい』という考え方を大切にしています。選択肢が増えれば、一人ひとりがその中から何かしら自分に合った方法を見つけられるかもしれない。そうした発想のもと、まずは社会の側に選択肢を増やしていくことを目指しています。先生のお話を伺いながら、その方向性が重なっているように感じ、強い共感を覚えました。

コード化点字ブロックは、技術的な独自性や優位性に加えて、社会に実装していくプロセスそのものが非常に示唆に富んでいると感じています。実際に社会実装を進めるにあたって、先生が直面された最大の壁は何だったのでしょうか。また、その壁を乗り越えることができた要因や工夫についても、ぜひお聞かせいただければと思います」。

松井氏:「壁はたくさんありました。最も大変だったのは関係者の方々から理解を得ることでした。最初は、視覚障害者協会の方々からも『点字ブロックに色を塗るとはけしからん』と反対されたほどです。『黄色い点字ブロックを少し黒でマーキングするだけです。面積的には50分の1足らずです』と説明をしても、『色を塗ることで弱視の人が見えにくくなるのではないか』と誤解され、3年がかりでご了承いただいた経緯があります。

また、実装する場所となる歩道には、市道・県道・国道・私道があり、全て管理部門が違います。全てに許可をいただくために駆けずり回ったことも壁の一つでした。

こうした壁が少ない社会になれば、もっと暮らしやすくなるでしょうし、そのためには我々の取り組みを知っていただく必要があります。そして『便利だね』、『みんなが使えるね』と思っていただき、いわゆる『公民権』を得られるようになれば、『自分たちでも作り、整備していこう』という意識を持っていただけるのではないかと思っています。そこに至るまでが大きな壁とも言えます」。

「多様性」と「包摂性」の視点で
社会にインパクトをもたらす技術を開発

石戸:「ニューロダイバーシティのプロジェクトの中でも、当初は困りごとを抱える方々のための解決策として生まれた技術やサービスが、結果としてより多くの人にとって便利で、生活や人生を豊かにするものへと広がっていくケースが非常に多いと感じています。

松井先生のご研究も、もともとはダイバーシティにおけるインクルージョンを起点とした技術であったと思いますが、これまでのお話を伺う中で、今後はさらに幅広い社会に対して大きなインパクトをもたらしていく可能性を強く感じています。もし先生ご自身が、そうした広がりの兆しや、すでに感じ取っておられる萌芽のようなものがあれば、ぜひお聞かせいただければと思います」。

松井氏:「おっしゃる通りです。目の見えない、見にくい人が使いやすいものは、目の見える人にとっても使いやすいものになるはずです。逆に目の見える人が使いやすいからといって、目の見えない、見にくい人も使いやすいかというと決してそうではありません。その信念を持って研究開発に取り組んでいます。まずは、当事者の方々の意見を聞いて、その使いやすさをとことんまで追求する、それが我々開発者の使命であると考えています」。

石戸:「先ほど未来の都市についてお話しいただきましたが、あらためて、2050年頃の都市インフラがどのような姿になっていると望ましいとお考えでしょうか。松井先生が思い描いておられる未来の都市のイメージを、ぜひお聞かせください」。

松井氏:「例えば、今の都市では看板が多すぎる、あるいは汚れているものが多いと感じる人も多いのではないでしょうか。これを解消し綺麗にするために、そもそも看板を街中からなくしてしまい、看板の代わりにIDがあれば良いのではないかとも考えています。IDが付与され、見たい人がその看板を見て情報を得られるような仕組みがあれば良いということです。そのID自体も目に見えるようなものでなく、無線で送られてくるものでも良いかもしれません。

今の都市は何かと目につくものが多すぎるような気がしています。IDによって整備された整然とした綺麗な世界、自分が欲しいものや情報だけが見えるような世界、それが未来都市だと思います」。

石戸:「たしかに、究極の個別最適化された空間にもつながりますし、必要な情報は自ら取りに行き、不要な情報は遮断するといった選択権が個人に委ねられた空間となるかもしれませんね。そうであれば、一方的に情報を浴びせられることによる息苦しさからも解放されるのではないでしょうか。最後に、今後のご活動や研究に向けて、読者へのメッセージを一言お聞かせください」。

松井氏:「ニューロダイバーシティプロジェクトの取り組みは素晴らしいものだと思っています。石戸さんがおっしゃったように多様性とインクルージョン、エクイティという視点は大切で、我々も我々なりの『DE&I:Diversity(多様性)、Equity(公平性)とInclusion(包摂性)』を掲げて活動しています。今後も取り組みを継続し、この領域への理解をもっと広げていきたいと考えています。

また、社会や環境に貢献する企業や団体の証ともされる国際的認証制度『B Corp』などとの関係構築も視野に入れて活動していきたいと考えています」。

石戸:「『B Corp』を運営しているのは、アメリカの非営利団体である B Lab ですが、私たちのニューロダイバーシティプロジェクトを運営しているのも、偶然にも同じ『B Lab』という名称の研究所です。そのため、以前からどこかで接点を持てたらと感じており、今日の松井先生のお話は、まさに強い関心を持って伺いました。

先生が手がけてこられたコード化点字ブロックは、もともとは誰かのための技術でありながら、やがて社会全体のあり方を変えていく力を持つ技術だと感じています。そして、その技術を広げていくためには、技術そのものだけでなく、社会全体が多様性への理解を深め、成熟していくことが不可欠なのだと、今日のお話を通じて改めて実感しました。
本日は、貴重なお話を本当にありがとうございました」。