mahora(まほら)ノートは
「誰にとっても使いやすい」ノート
2025年5月28日

B Labでは「みんなの脳世界 2024」とあわせて、ニューロダイバーシティ社会の実現に向け顕著な功績を挙げているテクノロジー、プロダクト、ソーシャルアクションなどを表彰する第1回ニューロダイバーシティアワードを開催しました。同アワードの社会実装部門でニューロダイバーシティ賞を受賞したのが大栗紙工株式会社です。同社 取締役の大栗 佳代子氏(▲写真1▲)に、受賞対象となった「発達障害当事者の声に耳を傾けうまれたmahora(まほら)ノート」の開発背景や利用者からの声、今後の取り組みなどについて、「みんなの脳世界」展を推進するB Lab所長の石戸 奈々子(▲写真14▲)がお聞きしました。

発達障害の支援団体との出会いをきっかけに
mahoraノートの開発に取り組む
石戸:「本日は第1回ニューロダイバーシティアワードの社会実装部門でニューロダイバーシティ賞を受賞した大栗紙工の取締役である大栗 佳代子さんにお話を伺います。大栗紙工では、発達障害などさまざまな困難を抱えた人たちにも使いやすい『mahoraノート』を企画・製造し、販売されています。どのようなノートなのか、どのようなきっかけで企画・開発されたのかなどについてお話をお聞かせください」。
大栗氏:「大栗紙工株式会社は大阪市生野区の本社・工場で、1日に約7万2000冊、年間に1800万冊のノートを作っています。1930年に創業し、2025年で95周年を迎えます。

mahoraノートの開発のきっかけは、あるセミナーで講師から『発達障害の人にとって、一般的に売られているノートは使いにくい』という話を聞いたことでした。その講師は、アンバランスという発達障害者の支援団体を応援していて、その当事者の方々から話を聞き、私に『少しでも使いやすいノートを作れないでしょうか』と声をかけてきたのです。そこで、アンバランスの方々とお会いしてお話をしてみると、私たちがこれまで気づかなかったところにノートの使いにくさを感じていることがわかりました。
私たちは、ノートをたくさん作ってはいますが、その多くが大手文具メーカーの製品です。自分たちで企画してノートを作る経験は、ほとんどありませんでした。大手文具メーカーからの指示書に従って製造していくことが多かったので、発達障害の当事者から要望や意見を聞いて作るとなっても、『どう作ればいいのか』と悩みました。そこでとにかくやってみようと、当事者の方々約100名を対象に、使いにくさや、困り事を丁寧にヒアリングし、アンケートも取り、そこから浮かび上がってきた問題点にフォーカスしてノートを企画していきました。それが、インクルーシブデザインの『mahoraノート』の始まりです。
「光の反射がまぶしい」、「罫線が識別しにくい」
約100名へのヒアリングをもとにノートの問題点を改善
ヒアリングとアンケートからは、大きく3つの問題点が見えてきました。(▲写真3▲)

『光の反射が眩しくてノートが使えない』こと、『同じ色の濃さで罫線が引かれているので識別しにくい』こと、『上部の余白に日付欄など余計な情報が入っていて気になる』ことです。
そのほか、糸綴じノートでは端に見える糸が気になり集中できないこと、表紙に写真やデザインがあると気になってしまうことなど、『情報をたくさん受け取ってしまう』方には、とても気になってしまうことがいろいろとあることがわかりました。
このように、多くの問題点が見えてきたのですが、まずは先の3つの問題点を解消することを目指して発達障害の人たちにも使いやすいノートの開発に取り組みました。
まず、「光の反射がまぶしい」という問題については、ノートの中紙に色のついた紙を使用することで光の反射を軽減させようと考え、13色の紙を用意して、それらを実際に見ていただきました。13色の中から『眩しさを感じず、使っていきたい色』をアンケートで選んでもらったら、レモン色とラベンダー色が多く、この2色で開発を進めていくことにしました。
「罫線が識別しにくい」という問題についても、どのような罫線にしたら識別しやすく、歪まずにまっすぐに文字を書けるか、書いている位置を見失わないのかを考え、当事者にさまざまな罫線を提示して実際に見ていただきました。選ばれたのが『太・細交互横罫』と『あみかけ横罫』[佳大4] です。中紙に太い線と細い線が交互にあることで識別しやすくなり、あみかけ横罫という帯状にした薄い色のついた帯を交互に印刷していくことで、書いている位置を見失わない工夫をしました。(▲写真4▲)

糸綴じノートだと糸の端が気になるという点については、ノートの開きが良く耐久性にも優れている『無線とじ』という、私たちが得意としている製本方法を採用しました。ノートの中身には日付欄などは不要で『罫線だけで良い』、『表紙には何もなくて良い』という意見もあったことから、最終的にはノートの中身を罫線だけとして、表紙は『中の罫線がどのようなものかがわかるようなデザイン』というシンプルなデザインにしました。(▲写真5▲)

レモン色のノートは『太・細交互横罫』で、ラベンダー色のノートは『あみかけ横罫』です。2種類のmahoraノートが完成し、2020年2月27日に各3000冊をテスト販売しました。
mahoraノートを知ってもらうために
取り組んだ3つのこと
mahoraノートの『まほら』とは、『まほろば』という大和言葉をもとにしています。『まほろば』には、素晴らしい場所、住みやすい場所という意味があるので、使い心地の良いノートに繋がればと思い、『mahoraノート』と名付けました。
私たちはこれまで、ノートを作ることが中心でしたので、販路はありませんでした。そこで、この2種類のノートを販売するにあたり、ECサイトを立ち上げました。また、販売開始にあたっては、何らかの告知をしないと多くの人たちに知っていただくことはできません。そこで、プレスリリースを配信しました。そこで興味を寄せてくださったメディアがいくつかあり、発売当日には産経新聞夕刊の一面に掲載していただきました。また、他の新聞社にも取り上げていただきました。
これまでは大手文具メーカーの協力工場としてノートを作っていたので、私たちの元にお客様の声が直接に届くことはありませんでしたが、mahoraノートを発売したことで、初めてお客様の声を直接に聞くことができました。直接にメッセージを寄せてくださる方々が数多くいらっしゃり、とても嬉しく感じました。(▲写真6▲)

そうしたメッセージの中には、『当事者の声に耳を傾けて開発してくださったことに感謝いたします』、『白い紙だからノートがとれなかったということに、まほらノートを使って気づきました』、『まほらノートを使うようになって自信を持って授業を受けているように思います』、『まほらノートを使うようになってからノートを読み返した時に、ちゃんと読むことができるようになってうれしいです』といったものがありました。本当に喜んでくださっていることがわかるような、感じられるような内容が多く、嬉しく励みにもなりました。
ただ、mahoraノートについては、まだまだ知っていただけていないところも多くありました。そこで、mahoraノートをもっと広く知っていただくために、『支援学校や文具店への訪問』、『サンプルの無料配布』、『クラウドファンディングへの挑戦』の3つに取り組みました。(▲写真7▲)

支援学校や文具店への訪問では、就労支援学校への訪問で新たな気づきがありました。高等支援学校や就労支援施設では、『忘れてはいけないから、とにかくメモを取りなさい』と教えていて、みなさんがメモを多く取っていらっしゃいます。ところが、mahoraノートはサイズが大学ノートと同じのため、大きすぎてメモを取るには適していないのです。そこで、手のひらに載せることができ、ポケットに入るようなサイズのノートであれば使いやすいということを教えていただきました。
文具店に訪問した際は、文具店の方からのアドバイスがきっかけでした。 『すごく良いノートだと思うからECサイトだけでなく、文具店に置いてもらえるようにした方が良いよ』と、卸業者を紹介していただき、さまざまな文具店でも取り扱っていただけるようになりました。
サンプルの無料配布は、『手に取ってみてから買いたい』、『1度使ってみてから使いたい』というご要望に対応しようと始めました。mahoraノートのような商品は、なかなか店頭に置いていただけないために、実際にどのようなノートなのか手に取っていただく機会が少ないのです。お店に置いていない分、ご請求いただいたらサンプルをお送りすることを現在も続けています。
支援学校や施設、文具店の訪問を通じて、ノートの色、サイズなどでさまざまなご意見をいただきました。レモン色のmahoraノートは太・細の罫線、ラベンダー色はあみかけ罫線として発売しましたが、『その逆も欲しい』というご意見もありました。そこで、当初、2種類で発売したのですが、急遽、ノートだけで24種類に増やしました。そして、その増やしたことをさまざまな方に知っていただこうと、クラウドファンディングに挑戦しました。結果、190名の方々からご支援をいただき、目標金額の840パーセントを達成することができました。
また、何か賞を取れれば、それがきっかけになって広く知られるのではないかと、さまざまな賞に応募しました。幸運なことにいろいろな賞をいただき、メディアなどに取り上げていただきました。(▲写真8▲)

こうした取り組みを継続する中でも、やはり、mahoraノートはまだ本当に必要とされている方に届いていないのではないかと感じることがありました。そこで、ペイフォワードの考え方を取り入れた『ペイフォワードまほらノートプロジェクト』を実施しました。(▲写真9▲)

具体的には、mahoraノートの表紙に可愛いデザインを箔押しして特別なノートを作り、それを一冊ご購入いただくと、二冊が支援学校や施設などに寄付されるという取り組みです。これまでに約4,200名を超す方々に寄付をいたしました。箔押しのmahoraノートをご購入いただいた多くの方々からの温かい気持ちを届けることができたと思い、とても嬉しい気持ちになりました。
小学生向けに開発した
「まほらゆったりつかう学習帳」
次に小学生向けの学習帳『まほらゆったりつかう学習帳』の開発について説明します。mahoraノートを出した時、『小学生向けの学習帳を出してほしい』というご要望も寄せられました。小学生はマス目が入っていないノートでは、学校ではなかなか使えないというのです。mahoraらしさのある学習帳を作ってもらえないかというご意見をたくさんいただき、いろいろと考えました。
一般的な学習帳は、マスの中に点線で十字が書いてある十字リーダーが入っています。マスの中が4分割され、上下左右が分かるような作りで白色のノートがほとんどです。
私たちが考案した学習帳は『バランス中心点』を採用し、無地の行とあみかけの行を1行きに配置する形にしました。紙の色は、レモン色とラベンダー色、ミント色にしました。(▲写真10▲)

バランス中心点をマスの中央に書くことで、点線で区切っていないけれども、中心点を基準にすれば上下左右がわかるようになります。線が少なくなったことで、線が苦手な人にとってはマスをはっきりと認識でき、ストレスも軽減されることもモニターの調査を通じて分かりました。ゆったりと文字が書ける学習帳としました。
方眼の学習帳では10マス、15マス、10ミリ方眼の3種類を用意し、あみかけの行とあみかけでない行が交互にありますので、書いている位置を見失わない形となり、まっすぐ書けるようになります。
特に算数で、位取りが歪んで、せっかく計算しても答えが違ってしまうという声も聞いていたので、交互にあみかけの行とあみかけでない行があることで、位取りにもまっすぐ取れる形になっています。(▲写真11▲)

漢字の学習用のノートは、ゆったりと書けるようにマスを大きめに作りました。一般的な漢字ノートは小さなマスのものが多く、しかも、読み仮名を書くスペースが狭いためにイライラするという声も聞きました。それらを改善しています。(▲写真12▲)

また、読み仮名を線と線で囲まれた狭い間に書くのが難しいという声もいただいていたので、読み仮名を書くスペースをあみかけにしました。あみかけのところに読み仮名を書けば良いと分かり、線と線で囲まないことでストレスを軽減するように工夫しています。
この学習帳を販売することで、『肩の力が抜けて楽そうに書くことができています』という声をいただいています。また、mahoraノートの紙は、一般的なノートと比べ約10%厚い紙を使っていますので、『消しゴムで字を消す時に紙がくちゃくちゃにならないので、消す時にイライラしていません』という声や『あみかけの行があるので、字の大小のばらつきが少なくなりました』という声をいただいています。あみかけの行があることで、あみかけの行の幅で書けば良い、あみかけとあみかけの間の何も印刷されていない行の幅で字を書けば良いという、マスの幅がはっきり分かるということで、大小のバラつきが少なくなっているようです。あと、『中心点があるだけなので、マスがはっきりわかって、書く所を迷わなくなりました』という声もいただいています。線が少ないことで、書きやすいとも感じているようです。(▲写真13▲)

mahoraノートは、まだまだ必要とされている方に届いていないと思っています。今後も、必要な方に使っていただけるように努力していきます。ご要望に少しでもお答えできるように、製品開発にも力を入れていきます。誰か困っている方のお声を聞いて作ったものは、多くの方にとっても、困り事を感じていない方にとっても使いやすいものになります。最初にmahoraノートを作る時からそのように考えて、信じて作っていますので、発達障害当事者の方だけではなく、さまざまな人たちに使っていただけるノートになれば良いなと思い、これからも、お声に耳を傾け開発にしていきたいと思っています」。
発達障害の当事者からの
「ノートを我慢して使っている」という言葉に衝撃
大栗紙工・大栗佳代子氏の説明に続き、B Lab所長の石戸 奈々子から、mahorノートの開発で従業員の意識がどう変わったか、製造面で難しかったところ、将来の展望などについてお聞きしました。
石戸:「ありがとうございます。創業95年の会社の新しいチャレンジ、素晴らしいです。元々は受注生産だった御社が、オリジナル商品の開発、販路の開拓、ECサイト立ち上げなど、さまざまな新しいチャレンジをされました。経営の視点からは、『売れなかったらどうするか』など、さまざまな意見があったのではないかと思います。それでもチャレンジした背景には、どのような気持ちがあったのか、どのような経営判断があったのか、お聞かせください」。
大栗氏:「発達障害の当事者の方々と最初にお話をした時、きっかけになったと思う言葉は、『いろいろと自分たちが使いやすいノートを探していますが、本当に使いやすいノートはありません。だから、我慢して使っているのです』とおっしゃったことです。『我慢して使っている』という言葉が、ノートを作っている立場としては非常にショックで、衝撃的でした。使いやすいと感じて使っていただきたいという思いが強くなりました。『我慢して使っている』という言葉が一番のきっかけで、その実情をなんとかしたいという気持ちがあったと思います」。
石戸:「ノートの紙色をレモン色やラベンダー色にしています。ノートの紙色は当たり前に白と疑うことも忘れている中で、これまでの考え方、これまでの当たり前を疑うきっかけになったのではないかと思います。社員の方々、実際に開発に携わった方々は、どのように今回の取り組みを捉えていらっしゃるのか、意識に変化があったかについてもお聞かせください」。
大栗氏:「mahoraノートの開発で感じたことは、『普通は、こうはしないよね』、『普通はこうだよね』といった普通や当たり前が、じつはとても主観的な思い込みだったということです。それに、気づかされました。さまざまな人たちがいて、人それぞれで普通や当たり前が違うということに気づけたのは、当社にとっても本当に大きなことだったと思っています。
私たちは、普段から自信を持ってノートを作り、技術も上がってきていると自負していますが、新しいことにチャレンジしたことで、それを生かすチャンスをいただけたと思っています。私たちにとっても大きな1歩でした。従業員みんなの励みにもなり、自信にも繋がっていると感じています」。
石戸:「私たちも、ニューロダイバーシティプロジェクトを推進していると、これまで私たちが思っていた『普通や当たり前とは、いったい何か』と痛感させられる出来事が数多くあります。未来の当たり前とは、一人ひとりの感性に寄り添った、一人ひとりの感じ方を大事にしたものになると思います。
当初、発達障害の方々からお話を伺ったときには、十人十色だとお感じになったと思います。究極的には一人ひとりに違うノートが必要かもしれません。しかし、それは、なかなか難しいでしょう。今回は、視覚過敏の人の困り事に焦点を当てて開発されたとのことですが、おそらく、まだ対応しきれていない、多様な声があると思います。どのような声があるか、その声に対して今後どう取り組んでいかれるか、もしくは想定していらっしゃる解決方法など、教えていただけますか」。
大栗氏:「ご指摘の通り、本当にさまざまな声があり、本当に拾い切れない、対応し切れないということで今回は3つに絞りました。具体的には視覚過敏の人と、感覚的に全ての情報を受け取ってしまう人を中心に、その方々の困り事に焦点を当てたかたちです。実際、アンケートでも全く逆のことが書かれていることもあり、どこに焦点を置くのか非常に迷いましたが、ノートの紙に光が反射して眩しいというお話が多く出てきましたので、そこは拾い上げていこうと考えました。
拾い切れていないところをどうしたら良いのかについては、現在、まさに次から次へとご要望いただいています。『これだったらできるかも』というところから、少しずつ取り組んでいるところです。先ほどご説明したサイズが違うノート、シートタイプのノートの制作も、その取り組みの一環です。今度、無地のノートを新たに発売しますが、これも現状では白い自由帳しかなく、色が付いていることで自由帳として使えるようになるという人のご要望に応えたものです。こうした取り組みは、本当に手探りです。最初から大量に制作することはできないので、私たちでどうにかできることはないかと探しながら、少しずつでもさまざまなご要望にお応えするにはどうしたら良いかを考え、取り組みを続けていかないといけないと思っています」。
石戸:「学習帳の話を伺っていると、実にきめ細やかに困り事への対策を考えていらっしゃいます。ニューロダイバーシティプロジェクトでは、これから先、ノートのみならず、社会のさまざまな製品に、困り事を抱えている方々の当事者の意見を反映しながら開発するプロセスが入ることを願っています。その視点から、どのように当事者の方々の声を拾い上げていったのかについて、もう少し詳しく伺いたいです。
初めは当事者の方々からアンケート取られたとのことですが、mahoraノートの開発の過程のお話を聞いて、二人三脚のように何度も施策に対してご意見を伺いながら進めていったのかと感じました。当事者の方々と、どのようなチームを組んで、どのように開発を進めていったのですか」。
大栗氏:「最初のmahoraノートを制作したときは、約100人の発達障害の当事者の方々にお話しをお伺いして集めた声から問題点を抽出し、改善する工夫を考えてノートを試作して当事者の方々に見ていただき、さらにご意見をもらいながら改良を繰り返しました。
学習帳は対象が小学生でしたので、どのようなマスのノートだと良いのかをこちらで考えました。ただ、小学生でも自分自身で、使いやすい、使いにくいを言える子供ばかりではありません。そこで、放課後デイサービスの方々に試作したノートを何種類か使っていただきました。具体的には、デイサービスや指導員の方々、保護者のなど、普段、子供たちのそばにいらっしゃる方々に、実際に子供たちが学習帳を使う様子を確認していただいて、『どういったところに違いが出てきたか』をご意見として教えていただきました。
その中では、『ノートの1ページを書くのに1時間ぐらいかかっていた子供が20分もかからないで書いていました』というご意見や、『字を書く時はいつも筆圧が強いのですが、肩の力を抜いて書けました』というご意見など、大人の方が横に付いて見てくださっていたご意見をいただけたことで、これで良い、こうしたほうがもっと良いなどと分かることが多かったと思います」。
発達障害の方だけではなくさまざまな人たちに、それぞれの使い方がある
石戸:「確かに小さい子供だと、なぜ自分がそこで苦労しているのか、その原因に気づいていないケースもあります。本当はノートが取れない理由は眩しいからなのだけれど、自分は勉強についていけてないのではないかと自己肯定感が下がってしまう子供もいます。そんな中で、ノートを変えるだけで授業についていけるようになるという体験は素晴らしいです。だからこそ、より多くの特性を持った子供たちに寄り添った文房具が生まれてくることを願っています。
先ほど、困り事を抱えている方々のために作ったものは、より多くの方にとって良い商品だというお話しがありました。それと同じような事例が、今回のニューロダイバーシティアワードでもありました。例えば、ある店舗で『クワイエットアワー』という感覚過敏の方々にとって優しい時間帯を作る、音や光を下げて運営する時間帯を作った結果として、シニアの方々や小さな子供を連れた親子連れの方々がその時間を狙ってくるようになり、売り上げが増えたというお話しがありました。大栗さんは、商品開発においても同じだと感じていらっしゃると思いますが、視覚過敏や発達障害の方以外からは、どういう方々からmahoraノートが求められているのでしょうか。何かお声は届いていらっしゃいますか」。
大栗氏:「まずは、白内障の方からのお声がありました。白内障の方々から、『白い紙のノートは眩しく感じていたのにmahoraノートだったら書ける』と立て続けにお声をいただき驚きました。また、脳の手術をされて利き手が使えなくなった方が、リハビリで利き手ではない手で字を書く練習をした時に『あみかけのノートを使えば字がまっすぐ書ける』と喜んでくださいました。私たちが想定していなかった方々がたまたま使ってくださって、それで喜んでくださることを聞いて、私たちも本当に嬉しかったです。
その他にも俳句が趣味の年配の方が『mahoraノートを縦書きに使ったら、中央に薄い線が入ってるから、字をまっすぐに揃えて書くことができて重宝している』と言ってくださいました。mahoraノートは色がパステル調で『最初は可愛いと思って使いましたが、書きやすいから気に入ってずっと使っています』と言ってくださる方もいらっしゃいます。いろいろな広がりがあるのが嬉しいと思います。結果として、現在、学習書も含め15万冊を超えるなど利用者が広がっていると感じています」。
石戸:「多くの方々に愛され、広がっているノートということですね。今回、mahoraノートを作るにあたり、技術的にも大きなチャレンジがあったのではないかと思います。製造面で難しかったところは、どのようなことでしたか」。
大栗氏:「あみかけのノートのあみかけの帯の箇所は、ノートの約半分の面積を占めています。一般的な罫線のノートは、全部の線を集めてもあみかけ帯1本にもならないぐらいの面積しかありません。つまり、印刷する部分の大きさがまったく異なるのです。初めはそれに気づかず、一般的なノートと同じスピードで印刷してしまいました。すると、あみかけ帯の印刷がうまくいかず、途切れたりムラになったりと汚くなってしまいました。スピードを落とすなど調整し、チェックしながら進めました。
結果、3分の1以下のスピードに落として印刷しないと、綺麗な線にできないことがわかりました。3分の1以下にスピードに落とすということは、完成するのに3倍以上の時間がかかることになります。ただ、3倍以上の時間がかかっても、それだけ高く売るわけにはいかないと考えて取り組みました。
こうした経験を踏まえ、学習帳を印刷するときは慎重に何回もテストを繰り返しました。印刷の前には何回もサンプルを作り、さまざまな濃度でどれが見やすいかを試しました。このように、一般的な罫線を印刷する工程とは異なる工程で、大変さを感じながら製造しました」。
石戸:「まさに高い技術力と、強い思い、情熱があったからこそ、乗り越えて世の中に出てきたノートということですね。ありがとうございます。最後に、より多くの方々にmahoraノートが届くよう、一言メッセージをいただいてお終いにしたいと思います」。
大栗氏:「mahoraノートは発達障害当事者の方々が心地よく使っていただけるように願い、作ったノートです。ただ、発達障害の方だけではなく、さまざまな人たちにとって、それぞれの使い方があると思います。幅広く多くの方々に愛されるノートに育っていってくれれば良いなと思って日々作っています。よろしければ、ぜひ手に取ってみてください」。
石戸:「ぜひ皆さん手に取ってみてください。そして、ペイフォワードの仕組みを使うと、特別支援学校などに寄付としてノートが届く仕組みも用意されていますので、ぜひ応援していただきたいと思います。大栗紙工のさらなるチャレンジに期待しています」。
