REPORT

AIエージェントとの「対話」を通じ
人とシステムが共生する社会をデザインする

2026年3月6日

B Labが主催する「ニューロダイバーシティプロジェクト」では、脳や神経の多様性を尊重し、誰もが自分らしく力を発揮できる社会の実現を目指しています。今回のニューロダイバーシティプロジェクト・インタビューシリーズでご紹介するのは2025年の「みんなの脳世界」に初めて出展した東京工芸大学 工学部 工学科情報コース 教授 片上 大輔氏(▲写真1▲)の取り組みです。片上研究室では、人間とロボット、人間とシステムの双方向コミュニケーションを通じ、人間とシステムが共生できる世界の設計を目指しています。そんな片上氏の研究について、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真2▲)がお聞きしました。

▲写真1・東京工芸大学 工学部 工学科情報コース 教授 片上大輔氏▲
▲写真2・B Lab所長 石戸 奈々子▲

>> インタビュー動画も公開中!

認知症患者の家族介護者の
精神的な負担をどう軽減していくか

石戸:「2025年の『みんなの脳世界』では、『おばあちゃんと一緒』、そして『就職面接シミュレーション』という興味深いタイトルで研究内容をご紹介いただきました。それぞれの展示内容、普段の研究内容について、お聞かせください」。

片上氏:「まずは『おばあちゃんと一緒』について説明します。これは、AIエージェントとの対話を通じて認知症の高齢者との生活シーンを体験できるものです。認知症の方と暮らす中で困った状況に直面したときに、どのように振る舞えば良いかを模擬的に学ぶことで、対応力や共感力、介護に関する知識を身につけることができます。

この背景にあるのが日本の高齢化社会です。特に認知症患者は年々増加しており、2025年には700万人を超えるというデータがあります。(▲写真3)

▲写真3・認知症患者は年々増加している▲

こうした中、大きな問題と考えられているのが、認知症患者の家族介護者の負担です。実際に精神的負担を感じる家族介護者は多く、実に86.9%が負担を感じているという調査結果もあります。(▲写真4▲)

▲写真4・認知症患者の家族介護者は精神的負担を感じている▲

家族介護者の認知症に対する知識が不足しており、認知症患者に対しての理解や共感ができないことが精神的負担の大きな原因だとされています。その中でも認知症患者のBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:認知症に伴う行動・心理周辺症状)に悩まされる家族介護者が多いようです。(▲写真5▲)

▲写真5・患者のBPSDに悩まされている介護者が多い▲

そこで、若いうちから認知症に関する知識を学び、認知症患者のBPSDを緩和する方法を身につけることで、家族介護者の精神的負担を軽減する支援をしたいと考えました。

介護の現場で重視される「傾聴」に着目し
トレーニングできるシステムを開発

具体的には、介護者の『傾聴』に着目しました。傾聴とは、介護者が認知症患者の意志を確認するために声をかけ、認知症患者の声に耳を傾け、その意思を否定せずに受容・共感し尊重する行為です。認知症患者を介護する家族を対象に、この傾聴を学習するためのトレーニングシステムの開発に取り組みました。(▲写真6▲)

▲写真6・認知症患者の介護における傾聴に着目▲

介護者が傾聴を学ぶことで患者の心情を知り、認知症への理解を深めることで、患者に対する態度が改善することと、BPSDを緩和させる介護行動が可能になることを目的としています。実際にベテランの介護者ほど傾聴がよくできており、このスキルを家族介護者にも身につけることを支援したいと考え、先行研究となるシステムを作りました。認知症患者の介護をするうえで、いくつかの典型的なケースをもとにシナリオを作り、それをシステム上に再現して、実際にAIエージェントを相手にしながら知識を学ぶトレーニングシステムです。(▲写真7▲)

▲写真7・先行研究となった「認知症介護トレーニングシステム」▲

実際にシステムを使っていただいた介護者の方にインタビューをしたところ、経験年数によって考えていることが異なることが分かりました。経験年数が多い方ほど傾聴に基づく介護ができている一方、年数の浅い介護者は認知症患者を『説得する』ような介護をしていました。経験を重ねることで傾聴に基づく介護ができるようになり、患者にうまく対応できることが分かってきたのです。(▲写真8▲)。

▲写真8・経験年数が多いほど傾聴に基づく介護ができる▲

これを家族介護者にも体験を通じて伝えていこうと考え、『おばあちゃんと一緒』という名称で出展しました。(▲写真9▲)

▲写真9・状況に応じて最適な声かけを入力する「おばあちゃんと一緒」▲

どのようなシステムか具体的に説明します。実際に介護の現場では、介護をする前の意思確認や声かけなどが望ましいとされています。そこで、まずはOpenAI APIを使い介護行動文を判定しました。それによると、例えば『これから歯を磨きますよ!良いですか?』、『トイレに行きたくはないですか?』といった意思確認、患者が『トイレに行きたい』と言ったときに介護者が『トイレに行きたいのね』とオウム返しをすることで共感を示すリフレーシング、また、『嬉しいね』、『失敗しちゃったね』といった患者の感情を代弁することで共感を示す介護行動が望ましいとされました。(▲写真10▲)

▲写真10・介護における望ましい声かけ▲

逆に望ましくない声かけもあります。例えば『何やっているの!』といった威圧的・感情的な声かけ、『そんなことをしてはダメ!』といった患者を否定するような発話は望ましくありません(▲写真11▲)。

▲写真11・介護における望ましくない声かけ▲

こうしたデータをもとに『おばあちゃんと一緒』では、自ら声かけを体験し、その声かけに対するフィードバックを得られるのです。例えば、このようになります」。

以下、システムのデモ

システム:朝食を食べ終えたので歯磨きをしましょう。

システム:おばあさん、歯を磨きましょう。

おばあさん:……。

システム:おばあさんに歯磨きをしてもらおうとしても口を開けてくれません。おばあさんに歯磨きをしてもらうための声かけを考えてみましょう。

介護者:歯を磨くので口を開けてください。

システム:怖がっているようです。もう一度声がけしてみましょう。

介護者:どうして怖がっているの?

システム:どうやら歯磨きを忘れてしまったようです。もう一度声がけしてみましょう。

介護者:歯を磨くと気持ちが良いですよ。

システム:どうやらおばあさんは歯磨きを思い出したようです。

システム:どうやら歯磨きを忘れてしまい、歯を磨くことが怖かったようです。

システム:これは歯を磨く歯ブラシだよ。口の中を綺麗にしようか。

システム:おばあさんは歯磨きを始めました。おばあさんは朝ごはんや歯磨きが分からなかったようです。認知症には、『失認』という症状があり、物が見えているのにも関わらず認識できなくことがあります。おばあさんはご飯を食べるものだと分からなくて困ってしまったり、歯磨きに恐怖を感じてしまったりしたようですね。

システム:以上でシナリオは終了です。

これから、あなたの行動を振り返っていきます。おばあさんを安心させる声かけをもう少し増やしてみると良いかもしれません。介護トラブル場面では、認知症患者の方も混乱していることがよくあります。

ここまで

片上氏:「このように、ユーザーである介護者の対応内容に応じてフィードバックをしながら、いろいろなシナリオを体験できるシステムです。お見せしたシステムはテキストで入力していましたが、実際にはシステムに音声で話しかけるようになっています。介護に大切なユマニチュード(人間らしさ)を、どのように話しかけるかによって判定できるシステムになっています。なお、こちらのシステムに関するこれまでの取り組みはニューロダイバーシティアワードの『ニューロダイバーシティ賞』を受賞しました」。

AI面接官との対話を通じて
就職面接を体験できるシステム

もうひとつの出展である『就職面接シミュレーション』は、AIエージェントの面接官(AI面接官)との対話を通じて、就職面接を体験できるシステムです。緊張する状況下での自己紹介や自己アピールの練習ができるだけでなく、面接を受ける人が話した内容に対して、AI面接官が掘り下げた質問をすることをシステムとして支援しています。(▲写真12▲)

▲写真12・AI面接官が掘り下げ質問をしてくれる▲

一般的にですが面接で意識したい六つの力があります。自己変革力・人間関係力・コミットメント力・創造力・課題解決力・チームワーク力です。(▲写真13▲)

▲写真13・面接で意識したい六つの力をベースに質問を用意▲

これらの内容に応じたベースとなる質問が用意され、それをもとにAI面接官が質問を投げかけ、面接を受ける人の返答に応じて、さらに掘り下げた質問をGPT-4oを使ってリアルタイムに生成しています」。(▲写真14▲)」

▲写真14・ユーザーの返答に応じて掘り下げ質問をリアルタイムに生成▲
 

※以下、システムのデモ(▲写真15)

▲写真15・「就職面接シミュレーション」はAIが質問を深堀りしてくれる▲

AI面接官:では、次に学生時代に力を入れていたアルバイトについて詳しく教えてください。

被面接者:はい。大学生活でしていたアルバイトはコンビニエンスストア商品の倉庫での仕分けです。

AI面接官:そのアルバイト経験から得た一番価値あるスキルは何ですか?

被面接者:はい。その職場では、一時間に……。

ここまで

このようなかたちで相手の発話に応じてAI面接官が掘り下げた質問がなされ、面接の練習をすることができます。面接の緊張感まで出すのが難しいのですが、一定の効果が示唆されていることが分かっています。緊張感までうまく表現できるとさらに良いシステムになると考えています。今後の課題です」。

「人に寄り添い」「配慮する」
そんなAIが登場する日も近い

石戸:「今回の二つの展示は、専門家だけでなく一般の来場者にも体験していただけたかと思います。

実際に体験された方々からは、どのような反応や気づきが多く寄せられましたか」。

片上氏:「システムの仕組み、どのように動いているのかといった質問が多くありました。学生や研究者もいらっしゃったのかもしれません」。

石戸:「認知症と面接シミュレーション、一見すると全く異なるテーマのようにも思えますが、先生には共通した研究の軸があると思います。それはどのようなものでしょうか」。

片上氏:「AIエージェントがユーザーに対して何らかの支援をするという点です。そこが軸になっています。今回の二つのシステムは、実際に利用される領域は全く異なりますが、システムの仕組みとしてはかなり近いです。どちらにも典型的なシナリオがあり、それに対するユーザーの反応を見てフィードバックをするという仕組みです。この方向性は一緒です。コンテンツさえ揃えば、さまざまな領域に応用でき、いろいろな支援ができると思います」。

石戸:「例えば、認知症の介護において重視される『傾聴』という姿勢は、子育てや教育の現場においても極めて重要なスキルだと感じます。その視点に立つと、本研究は認知症介護に限らず、『傾聴を学習するトレーニング』そのものをテーマに据えた、より汎用性の高い研究として展開できる可能性もあるのではないでしょうか。こうした観点も踏まえ、今後の研究や社会実装について、どのような展開を構想されているのかをお聞かせください」。

片上氏:「実は『ニューロダイバーシティアワード』を通じて、別分野の方々から協同研究のご提案をいただいたりということもありました。つまり横展開もできると思っています。ただし、横展開にはベースとなる情報が必要です。実はこの情報収集が大変で、そもそもその分野に詳しくないとシステムに展開することは難しいのです。専門的な知識を持つメンバーと組むことができれば、横展開も実現しやすくなるでしょうね」。

石戸:「例えば、『傾聴』の重要性そのものは、書籍や講義といった形式でも伝えることができます。しかし本展示では、あえてAIエージェントとの対話という形式をとることで、正解を一方的に提示するのではなく、体験を通じて自ら気づくことを重視されているように感じました。こうした『AIエージェントとの対話を通じて学ぶ』というアプローチだからこその設計思想について、ぜひ先生のお考えをお聞かせください」。

片上氏:「おっしゃるとおりで、知識を得るだけなら本を読むほうが効率は良いかもしれません。しかし、自分の体験を通じて学ぶ、つまり『気づいたら知識が身についている』状況が望ましいと考えており、AIエージェントと実際にインタラクションする体験を重視しています」。

石戸:「就職面接シミュレーションは、主に学生を対象とした取り組みになるかと思います。私たちが推進しているニューロダイバーシティプロジェクトでは、個人の性格や特性、ものごとの捉え方や認知の仕方の違いが、面接という場面に大きな影響を与えると考えています。そのような前提に立ったとき、AIエージェントを活用することで、一人ひとりに適した面接の進め方や関わり方の傾向を見出すことは可能なのでしょうか」。

片上氏:「今のところ、ユーザーの性格に応じるようなシステムにはなっていません。ただ、パーソナライズ、個人の性格などに応じた面接というのは重要なキーワードです。

私たちは自動車の運転支援の研究もしています。これは運転席の隣に置いた運転支援エージェントが、運転中にいろいろと話しかけてくるというものですが、実際にユーザー、つまり運転者の性格に応じて話し方を変えています。

運転は性格に大きく違いが出る行動で、『ハンドルを握ると性格が変わる』という話を耳にしたこともあるのではないでしょうか。例えば『右を見ないと危ないですよ』といったアドバイス(指導発話)を受け入れられるかどうか(受容性)は、年齢や性別、性格など人によって大きく異なります。また、『誰から話しかけられるか』によっても受容性が変わってきますので、運転のようなシーンでは、性格に応じてパーソナライズされたシステムは非常に有効だと思います。

就職面接シミュレーションは『企業から良いと評価される基準を満たすレベルまで引き上げる』ことを目指しています。まだ個別対応の段階には来ていないのです」。

石戸:「今後は個別対応も十分に実現できるということですね」。

片上氏:「より高度な面接は表現できると思いますし、もしかしたら企業の人事にとって面白いシステムになる可能性もあります。『いろいろな性格の学生に対してどのような質問をするか』、『どのような話しかけをするか』といった、面接官のシミュレーションとして提供できるかもしれません」。

石戸:「面接を通じて学生一人ひとりの特性が可視化され、それが採用後の人事配置やチームづくりに良い影響をもたらす可能性もありそうですね。先ほど、運転支援エージェントの例として『誰が言うかによって受け止め方が変わる』というお話がありましたが、最近では、親や友人よりもAIのほうが相談しやすいと感じている人が過半数を超えているというデータもあります。AI相手だからこそ本音を話しやすい、という側面がある一方で、こうした傾向を先生はどのように捉えていらっしゃいますか。特に面接の練習という文脈において、AIを相手にすることの良い面と、注意すべき点についてもお聞かせください」。

片上氏:「おっしゃるとおりです。『AIだから話しやすい』というメリットもあれば、(緊張場面の練習をしたいのに)『AIだと緊張しない』というデメリットもあります。今回は自己アピールのような基本的なことが難しいという学生をターゲットにしているので、あまり緊張させずに気軽に使って練習することをコンセプトとしています。大学ではカウンセラー相手に面接の練習をしますが、その前段階として気軽にAI相手に自分をアピールすることを話してみるという位置づけです」。

石戸:「片上先生は、人を褒めたり寄り添ったりするAIの研究・開発にも取り組まれていると思いますが、こうした『人に優しいAI』が社会に広がっていくことによって、社会全体に、どのような変化や影響が生まれるとお考えでしょうか」。

片上氏:「AI開発においては、ポジティブな面とネガティブな面の両方を気にしなければならないと思います。例えば、AIに甘やかされたり褒められたりするのは嬉しいかもしれませんが、その結果、社会生活がうまくいかなくなるのは良くありませんよね。例えば、運転支援のシーンでは、人間の指導員の発話は最も受け入れやすく、ロボットからの発話も受容性は高いと言われています。一方で自分に近い存在、例えばパートナーに助手席からいろいろと言われると受け入れがたいという人が多数います。同乗者による影響(同乗者効果)にもさまざまなものがあるので、より良い影響を与える要素を抜き出して人を褒めたり、指導したりといったことをうまく提供したいと考えています。

うまく褒めるだけでもダメですし、指導するだけでもダメで、適宜相手に合わせて提供できるような高度な社会性や配慮を持ったAIができれば、恐らく良い方向に向かっていくと考えています」。

石戸:「そのような配慮ができるAIは何年後に登場するとお考えでしょうか」。

片上氏:「そう遠くない未来、5~10年後には実装されるようになっていてもおかしくないと思います。実は高度な配慮に基づく発言の研究もされています。日本人は社会的な配慮やおもてなしといった部分に強みがありますので、そこをうまくシステムに組み込めるようになると独創的な開発が加速するかもしれません。面白いですよね。最近はLLM(大規模言語モデル)技術の発展で実装も容易になってきています。効果を確認しながら技術をうまく活用すれば、思っているよりも早くシステムに組み込まれるのでないかと予想しています」。

AIは「ツール」から「パートナー」へ
技術の進歩と普及が社会の「当たり前」を変える

石戸:「非常に興味深いお話ですね。少しニューロダイバーシティプロジェクトの観点に引き寄せて伺いたいのですが、先ほど先生がお話しされていたように、日本社会には相手への配慮を重んじる文化的な資質がある一方で、暗黙の了解や行間を読むことが前提となるコミュニケーションが難しいと感じる方々も少なくありません。そうした特性を持つ人々にとって、相手の意図や場の空気を補助してくれる『配慮するAI』は、コミュニケーション支援の有効な手段になり得るのではないかと感じています。

この点について、先生は『配慮するAI』がニューロダイバーシティの実装において果たし得る役割や可能性を、どのようにお考えでしょうか」。

片上氏:「コミュニケーションが苦手な人でも、体験を通じてスキルを身につけていただくことは可能だと思います。ご質問から外れてしまうかもしれませんが、現在中国の留学生と一緒に研究をしています。中国の人にとって日本の文化を学ぶのは難しいということで、文化の違いを理解するためのシステムを作っています。これは社会的なコミュニケーションスキルをトレーニングするものですが、これを学習することで文化的な違いや振る舞いを学習することはできると思います」。

石戸:「異なる文化や背景を持つ人同士を理解し合うためのツールとして活用するという視点は、とても興味深いですね。留学生の方々のように、ソーシャルスキルトレーニングを通じて、本人や周囲の人が生きやすくなるケースがある一方で、違いを無理に埋めるのではなく、違いがあることを前提にしながら成立する社会のあり方も、ニューロダイバーシティ社会の重要な姿だと思います。そう考えると、AIをソーシャルスキルトレーニングのためのツールとして用いるだけでなく、人と人の間に入り、意図や文脈を補助・補完する『翻訳機』のような役割を果たす使い方も考えられるのではないでしょうか。

この点について、片上先生のエージェント研究の視点から、どのようにお考えかをお聞かせください」。

片上氏:「私たちが認知症の家族介護者のためのシステムを研究しているのは、まさにその考え方に沿ったものです。認知症患者をどうにかしようとするのではなく、周囲の人々の意識を変えることを目的としているので、石戸さんがおっしゃっていた周囲の考え方や受け止め方を変えるためのアプローチに近いと思います」。

石戸:「認知症の方が直面する困難さを、本人の側に見出すのではなく、周囲の人との関係性や環境のあり方の中に見出しているからこそ、今回の体験展示が設計されているのだと感じました。


その視点に立つと、今後ニューロダイバーシティ社会を実現していくうえでは、できないことをできるようにすること以上に、違いを違いのまま尊重しながら社会が成立することが重要になってくるのではないかと思います。そうした社会の実現に向けて、AIをはじめとするテクノロジーに、先生はどのような役割や可能性を期待されているのか、お考えをお聞かせください」。

片上氏:「なかなか難しい質問ですが、常識を変えることができれば良いと思っています。先ほどお話した周囲を変えることに近いかもしれませんが、世の中一般の根本的な考え方が変わると、それが大きな変化をもたらすことがたくさんあります。以前、『雰囲気工学』という研究をしていました。雰囲気を変えることによってもたらされる結果などを工学的に研究するものです。例えば、同調圧力について考えると、良い方向に働くと皆で一つの目標に向かって進むことができますが、悪い方向に働くといじめにつながることもあります。研究では同調圧力がある中で『それは違う』と言う人が一人でもいると、雰囲気が和らぐことが分かりました。つまり、教室に数体のアンドロイドを置き、それらを意図的に動かすことで、特定の同調圧力を緩和してクラス全体の雰囲気を変えることも可能なのです。

今回のシステムも同様で、一般的な人の受け止め方が変わることで、技術が大きく進展することがあります。例えば、AIエージェントも、まだまだ人間は一つのツールとしか見ていませんが、それがだんだんと手放せない存在になってくるとパートナーへと変わるでしょう。そうなると世の中は大きく変わると思います。AIエージェントに対する信頼感が生まれることで、相談する内容も、使い方も、話しかけ方も変わるかもしれません。信頼が生まれると、できることが変わってくるので、サービス内容もいろいろな方向に発展していくと思います。その意味でも一般的な意識を変えることは、研究目標としても面白いと感じています」。

石戸:「私たちがニューロダイバーシティプロジェクトで大切にしているのが、『新しい当たり前をつくる』ということです。これまでの前提条件の上に何かを積み上げるのではなく、いったん常識そのものを疑い、実は別の選択肢や、多様な選択肢を提示できるのではないか。その姿勢を重視しています。この常識を変える、新しい常識を作る点で、先生のコンセプトは非常に親和性が高いと感じました。

また先ほど、教室内にアンドロイドが存在することで場の雰囲気が変わる、というお話がありました。私自身もエドテックの領域で活動する中で、生成AIが広がり始めた頃に、小学校のクラスに『転校生』として生成AIを導入した経験があります。すると、子どもたちの発言やディスカッションの内容が変化し、場の空気そのものが動いたことがとても印象的でした。このように、『空気を変える』ためのテクノロジーの使い方について、ほかにもどのような事例や可能性が考えられるのか、ぜひ先生のお考えをお聞かせください」。

片上氏:「基本的に人間はさまざまな対象を擬人化する傾向を持っています。メディアの等式(Media Equation)と言われるものですが、システムやAIも擬人化して扱いがちです。先ほど教室に転校生としてAIを持ち込んだお話をされましたが、それもAIの発言を転校生、一人の人間の発言として扱っているからこそ、ディスカッション内容が変わったのだと思います。

私たちはHAI(ヒューマン エージェント インタラクション)の研究をしており、エージェントはある程度人間に対して影響を持つようなインタラクション、働きかけができると思っています。ただ、エージェントが人間に対して影響を与えることが、多様性の維持につながっているかというと、現時点では技術的にそこまでいっていないでしょう。エージェント自体は簡単に複製できるので、いろいろな性格のエージェントを作ることは技術的には難しくありません。ただ、どのような影響が出るかについては研究が進んでいないので、今後のテーマになると思います」。

石戸:「最後に今後の研究の抱負やニューロダイバーシティ社会実現に向けてのメッセージをお願いします」。

片上氏:「今回の出展では非常に貴重な体験ができ、プラスになるような出会いやコメントもたくさんいただきました。違う分野の方ともつながりができたので、次回以降もぜひ参加したいと思っています。

今後の研究についてですが、AIやエージェントの力をうまく引き出しながら、困っている人たちを支援していきたいと考えています。ニューロダイバーシティ社会実現に向けては、人間の意識を変えることが重要です。その観点でもうまく働きかけができるような研究を進めていきたいですね」。

石戸:「片上先生の技術は、とても温かい技術だと思います。今回の展示を通じて、テクノロジーは私たち自身を映し出す『鏡』のような存在になり得るのだと感じました。その鏡を通して、一人ひとりがこれまで当たり前だと思ってきた常識を問い直し、変化へのきっかけをつかんでいく。そうした人が少しずつ増えていくことで、やがて社会全体の常識も更新されていくのだと、あらためて実感しました。

本日は、貴重なお話を本当にありがとうございました」。